3月31日
イースターの日曜日。朝五時半から海岸で礼拝をするというので、長尾先生と出かける。きのう下見に来ておいてよかった。まだ暗い道は目印が少なく、自分たちが今どこにいるのかがよくわからない。このヌーサの町は木々よりも高い建造物を建ててはならないという規則があるという。なるほど、それが守られていて、家々は庭の木々の向こうに隠れて見えない。それはそれで絶妙の風情を醸し出していていいのだが、目的地をさがしながら車で走るときには目印がほとんどない、ということになってしまう。
下見のおかげで迷わずヌーサヘッドの海岸の駐車場に。ヌーサに着いてすぐに遊んだ海岸だ。しかし言われた場所に出てみると、釣り人以外だれもいない。そろそろ礼拝の準備の人たちが来てもいいころだという時間になっても、だれも来ない。海風が身にしみて寒い。場所をまちがえたのか、それとも時間をまちがえたか、などと頭の中に思いめぐらせると、ますます寒気が募る。
駐車場の反対側に別のビーチがあったことを思い出し、そちらをチェックしようと駐車場までもどると、なんとそこに人が集まっている。ビーチでやると言っていたではないか、と口がやや突き出るが、でも会えてよかったという喜びのほうが大きい。
夜明けの空を背景に礼拝がはじまる。福音書の前に、死んでしまったが人々に大きな思い出を残した少年の物語が朗読される。説教はあまりおもしろくない（人のことになると採点が辛い、いやみなわたし）。そのあとおもしろかったのは、みんなで洗礼の再確認をしたこと。洗礼というのは教会の仲間になる式で、水を額にかけられる。文字どおり今までの自分を水に流す、そして新しく生まれ変わるという意味を持つ式。礼拝のために集まっている人たちはすでにその式を受けているのだが、もう一度みんなで洗礼のときに誓った言葉を唱えなおす。そして三々五々浜辺に下りていって、川とも海ともつかない浜の水に手を入れてもどってくる。これはおもしろかった。洗礼がイエスの死と生につらなっていく営みであるということが、かもめが頭上を飛び交わすような自然の中でよくわかる。建物の中での礼拝にはない「ばらばら」な感じも楽しい。
礼拝後、朝食の用意があるから食べていかないかと誘われてテーブルに。コーヒー、紅茶のほかにパンと白身の魚を焼いたものが用意してある。「パンと魚」という組み合わせを見て、誘ってくれた牧師のほうに笑顔を向けると、「そうそう、復活後にイエスと弟子たちがとったのと同じメニューを用意したのさ」とウィンクしてみせる。このへんはなかなか粋でよろしい。
ホームステイしている子たちもふたり参加していたが、礼拝後は浜辺（なのか岸辺なのか。川と海が交わる場所なので）で水の中にちぎったパンを投げている。見ると岸辺近くだというのにたくさんの小魚が群れていて、パンを奪いあっている。それを遠くから見ると小魚は見えず、パンが水中で踊っているように見える。それが見えるほど水はきれい。うつぼのような大きな口の魚も現れたという。
遠くの浜には大きなペリカンが羽を休め、そのまわりには鵜の仲間がいる。トキのようなくちばしの鳥もいる。なんというのどかな光景に囲まれてのイースターであることか。と思っていたらのどかなのは浜辺だけではなかった。駐車場のまわりの草むらに、七面鳥とおぼしき鳥がいて、地面をつついている。聞いてみたらブッシュ・ターキーという野生の七面鳥で、探さなくてもそこらへんにいくらでもいるという。これがここヌーサのいいところだ。海を中心としたリゾート地と言ってよいと思うのだが、自然との共存が徹底して図られている。今この時代に自然との共存とは具体的にどういうことであるのかと問われれば、人間が自然のじゃまをしない、ということだ。生き物たちがあたりまえに生きる、そのことをじゃましない。そのためにはごみを落としたり、よごしたりということをしない。よかれと思ってよけいな手を加えない。それをみんなが守っている。だれかひとりが破れば全体が崩れるようなことを、崩さずに維持している。それがすごい。そのための罰金刑があるとも聞いたが。
午後からトマス・モア校に集まり、お別れ会。このへんは長尾先生が報告原稿に書かれるところではないかと思うので、気がついたことをひとつだけ。それは立小生のうるささ。自分たちの出番のために着替えてもどってきたあと、前でだれかが話しているのにおかまいなしに自分たちだけでごそごそと話している。かなりの人が不快気にうしろを振り向いたことにも気づかない。このあたりがどこに行っても課題となるだろう。いつかどこかで、恥ずかしい思いの中で気づかされることになるのだろうが、それはできるだけ早いほうがいい。
このお別れ会は夜まで続き、夕食はここでとることができるのかと思っていたら、さにあらず。夕方には終了し、夕食はわたしたちの責任に。しかし冷蔵庫の在庫処分はすでに終えている。あんなに苦労してスープにして食べた野菜たちは何だったのかとも思うが、仕方がない。長尾先生と宿舎の近くに初めての外食に。向かった先は中華レストラン。
箸の袋の裏に「箸の持ち方」がイラストと英語で書いてある。なんだか不思議な持ち方だったので試していたら、箸が持てない国の人と判断した店の人が助けに来てくれる。いやごめんなさい、日本人だから持てますと答えると、何しに来たのかと問われる。小学生を連れてきていて、今日は休日、とあたらずとも遠からぬ答えを口にすると、「トマス・モアに来ている人たちね。お客さんに小学生を泊めてるって人がいて、あれはいいプログラムだってほめてたわよ」という返事。うーん、やっぱりヌーサは狭いぞと、このときは冷や汗が出た。でもお世辞でもなんでもなく、BIAのプログラムが地元の人に評価されていることを知ることができた。
出てきた料理はまあまあだったが、最初と最後がちょっと悲しかった。最初は麺を食べたいという長尾先生のために「スープ・ヌードル」をたのむ。一口食べた長尾先生の感想「まずいっすね、これ」。その後カシューナッツとチキン、チャーハン、野菜の煮物などまずまずだったのだが、最後に出てきた海老の甘辛ソースがけが予想外のもの。殻つきの海老をそのまま炒めて味つけしたものを期待していたのだが、なんと出てきた大皿には、油を十分に吸い込んだフリッターに包まれ、無残にかたちを変えたな海老が。これはいかんとあわててお酢をたのんだが、出てきたのはワインビネガー。それでもいいと酢漬けにして食べ続けたが、大盛りのフリッターはなかなか減らず、どうにも気持ち悪く、最後にはフリッターを引き剥がして食べる。オーストラリアの人にはこれくらいのボリューム感が要求されるのだろうか。たいへん後味の悪い、ヌーサ最後の夕食だった。
食後宿舎に戻り、明朝の移動に備えて荷物を詰める。ちょうど終わったころにテレビで「メサイヤ」がはじまる。きのうの予告で映像がどうとか説明していたわけがわかった。メサイヤの演奏会をそのまま放映するのではなく、メサイヤと映像がひとつになったビジュアルな作品でもあるとのことだ。さて、どんなものかと期待していると、最初の曲「わが民を慰めると神は言われる」が流れる。なんとジーパンで上半身裸、頭をそり上げたテナー歌手が岩だらけの荒地を背景に歌っている。そうか、ビジュアルというのはこういうことだったのか、と納得。
その後はアメリカの、おそらくはニューヨークの映像が多用され、そのあいだに太い文字で歌詞の一部が突然アップで挿入されたりする。人種や性的志向においてアメリカにあって多数派ではない人たちの側に立つ映像が次々に流されていく。また世界各地の紛争時の映像。マグダレナ・コジェナーもアップでとてもこわそうな表情で歌っていて、これが映像監督の求めるものなのだなと思う。わたしがコジェナーに求めるものとはちょっとずれている。残念。
印象に残ったふたつの映像のうちひとつは、ひとりの若者が信号待ちの人々のあいだにずっと立っている姿を遠くから望遠で撮ったもの。まわりの人々は何の注意も払わずに通り過ぎていく。信号が変わると左右に通り過ぎる車が壁となって姿が見えなくなる。しかし信号が変わるとまだ彼は立っている。一顧だにされぬまま。長髪でひげを生やしているから、わたしたちが勝手にイメージを作っているイエスのようにも見える。現代に現れた貧弱な風体のイエス。だれにも顧みられることなく立ち尽くすイエス。
もうひとつは曲と映像がぴったり結びついてしまっていて、今後この曲を聞くときはこのイメージしかわかなくなってしまうのではないかと心配になるほどのもの。曲は後半のバスの独唱で、「どうして国々は主とその苦しみに逆らい、互いに争い、むなしいことばかり考えるのか」というもの。曲そのものは勇ましいマーチのように響くのだが、それにあわせて流れる映像は次々と空母から飛び立つジェット戦闘機、艦船から発射される巡航ミサイル、イラクに向かうミサイルの弾道を説明するニュース番組の一コマなど。あまりのテンポのよさに思わず笑ってしまいそうになるが、歌詞の内容と映像を考えれば、これは第二次世界大戦後、世界各地で戦争を仕掛けているアメリカに対する痛烈な批判。
終わったときには12時をまわっていて、最後のほうは眠くなってしまったのだが、それは映像のせいではなく、こちらのからだの事情によるもの。眠いけれどテレビを消すことができないほどおもしろかった。平安のうちにメサイヤに耳を傾けているあなた、あるいは平安のうちにイースターの日曜日という今日を過ごしたあなた。世界は今イエス・キリストと共にあるのだろうか。イエスはわたしたちのあいだに救い主としてたしかにおられるのだろうか。わたしたちは救い主を見ているだろうか。わたしたちは救い主を必要としているだろうか。などということが、文字や映像としては一言も語られていないにもかかわらず、強く響いてくる、すぐれた映像作品だった。あまりに残虐なシーンも含まれているため日本で放映される可能性が薄そうなのが残念。
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