4月2日
いよいよ帰国。早朝ブリスベンの空港に。ここもけっこう混んでいた。荷物を預けたあと朝食。閉まっている食堂をわざわざ開けてもらい、わたしたちだけの貸し切り。手荷物をたくさん持ったこどもたちといっしょだと、こういう配慮がとてもうれしい。何しろこどもたちは手荷物だけでなく、なくしやすいパスポートなぞも持っているのだから。ここまで先手先手で考えてくださっているBIAのスタッフに最後まで感謝。
帰りの機内は来るときとちがって昼間の便なので、よほどうるさくない限り注意はしないことにする。わたしの隣のふたりはそれこそ足の踏み場もない状況を作って座っている。そしてジュースをがばがばと飲んでは「先生、トイレ」と言ってわたしをまたぎ越していく。おまえたち、ほんとうにこどもだなあ、と思う。
しかしそのこどもがよくがんばった。この旅の中心はオーストラリアの自然に触れることでも英会話でもなく、ただただホーム・ステイにあった。学校で英語を習っているとはいえ、それは日常生活をこなすほどのものではなく、彼らはよろいかぶともないままに異文化の中に放り込まれたわけだ。自分の状況は痛いほどわかっているが、それを説明する言語という道具を持ち合わせていないということはとても辛い。身振りという手もあるが、それには限界があり、いつもぼんやりとかすみがかかったような状態で、次に何が起こるのかもわからず、いや今何が起こっているのかということすらわからないまま過ごさなくてはならない。
そのような環境の中では自分に対する劣等感を抱くことすら可能であると思う。おとなになればそのようなことはなくなるかと問われれば、そんなことはないと答えよう。一週間以上を言葉の通じない異文化の中で過ごすことには、おとなであっても強い抵抗感を持つはずだ。おとなであればホームシックは感じないかもしれない。しかしこどもにはホームシックという大敵が存在する。それは彼らの年齢にあっては、ほんとうに大きな敵だ。
しかし小学校の4年、5年の終わりというこの時期に親と離れることができるというのも、実は貴重な経験ではないかと思う。親を離れる自由を味わう者もあるだろうし、親のありがたさを身にしみて感じる者もあるだろう。感じ方は人それぞれ。しかし何かが必ずあるはずだ。その「何か」をこれからの人生の糧にしてほしいと思う。オーストラリアに行ってさんざんな目にあった、とマイナスに感じている子もいるかもしれない。マイナスの体験も、それがひとりの人の中に積み重なる中では、必ず豊かな経験に変えられていく。それがいつ起こるのかはわからない。明日かもしれないし、10年後に今度はひとりで外国を訪れるときかもしれない。自分の部屋でお茶を飲みながら、ふと気づくということもあるだろう。それは必ず起こる。
こどもたちの孤軍奮闘を横目に見ながら過ごすという機会が与えられたことに感謝したいと思う。BIAの人たちは毎年プログラムを見直し、ホスト・ファミリーを選ぶにも配慮を積み重ねてくださっていると聞く。物見遊山だけのプログラムなら必要ないが、このプログラムには続ける価値と意味がある。
立教小学校PTA通信特集号
第55巻第1号（2002年6月）掲載
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