『ドラゴンフライ』ゲド戦記
アーシュラ・Ｋ．ル＝グウィン 早川書房 2000年刊
ゲド戦記（というより原題に帰って「アースシー物語」とでもしたほうがよくなってきた感もあるが）第4巻目と第5巻目のあいだに出された短編集の一編。
トンボ（英語ではドラゴンフライ）という女性が登場する。5巻目にも登場するため、ここで読んでおくと、登場の唐突さをまぬかれることになる。この女性が魔法使いたちの学院があるロークにやって来る。そして学院で学びたいと言い出す。このトンボが物語の最後に何になるか、というところが5巻目につながるところ。
わたしにとってそのことよりもおもしろかったのが、この女性を受け入れるかどうかをめぐっての学院内の混乱。この魔法使いたちの学院は男性だけに対して開かれ、そして学院を出た後も独身を守ることが暗黙の規則となっている（第4巻でゲドは独身に関する規則から逸脱する）。女性であるトンボを受け入れてよいものかどうか。女はせいぜいまじない師にしかなることができない、というのがこの時代の認識だった。その認識に則ればトンボを迎えるなどとんでもないことになる。しかし学院のそれぞれの魔法の長たちは、何か自分たちの力をも超えるような悪しきことが進行していることを感じ取っている。それに対抗するために新しい秩序が必要とされる場合もあるのではないかと考える長もいれば、従来の秩序を崩すことに危険を感じる長もいる。
現状では悪しきことの侵攻を食い止めることができないとわかりつつ、しかし旧来の組織、旧来の規律に縛られて身動きならなくなっていることの愚かしさ。あるいはなぜとは説明できないままに、しかし旧来の秩序にしがみつくことの愚かしさ。
最後にトンボは魔法の長たちすべとの力をもってしても受けとめきれる存在ではないものであったということが明らかにされ、男でもなく女でもないものとして、西のかなたに去って行く。学院の秩序などとも無関係な存在として。
(2003年9月19日)
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