今日の場面は、「神の国」の王がみんなのあざけりの中で死んでいくというもの。そのあざけりの言葉の中にイエスの本質が表明されているということに、誰も気づくことができないということが、この物語を貫くいちばんの皮肉でしょう。
あざけりの言葉を出てくる順にご紹介してみましょう。
「他人を救ったのだ。もし神からのメシアで、選ばれた者なら、自分を救うがよい。」（23:35）という議員たちの言葉。
次に「お前がユダヤ人の王なら、自分を救ってみろ。」（23:37）という兵士たちの言葉。
そして最後に、「お前はメシアではないか。自分自身と我々を救ってみろ。」（23:39）という、イエスとともに十字架にかけられた二人の犯罪人のひとりの言葉。
これらすべてに共通するのは「自分を救え」ということです。神と自分は非常に近いと言っていたのだから、命の暮れが近づいた今こそ神に助けてもらうがいい、ということです。イエスは神の国の王なのですから、そのような力を神から与えられています。しかしイエスはその力を、自分のために使うことは決してありませんでした。それはルカによる福音書のはじめの方に出てまいります悪魔の誘惑から、一貫してイエスの中にある態度でした。その代り自分以外のためであれば、イエスはためらうことなく、そして惜しげもなく、神か与えられた力を用いました。そこに神の国のパラドックス（大逆転）があり、それがこの世の価値観に囚われている人には見えませんでした。その人たちにはイエスの姿も、神から力を与えられているようには見えなかったのです。ですからイエスの十字架刑を見物しながら、あざけり笑う人々のうち誰ひとりとして神の国に入ることはできませんでした。
ただひとりだけ今日の福音書の登場人物の中で、イエスとともに神の国に入ることができた人がおりました。それはだれかというと、イエスとともに十字架刑に処された犯罪人のひとりでした。彼は自分が罪を犯し、その結果として今このような場所で最後を遂げようとしているという自覚がありました。それは次の言葉に明らかです。
「我々は、自分のやったことの報いを受けているのだから当然だ。しかし、この方は何も悪いことをしていない。」（23:41）
ここにあるのは罪の悔い改めの言葉と、イエスには何の罪もないという確信です。彼には神の国の王であるイエスの姿がはっきり見えていたのだと思われます。だから彼は続けてイエスにこう訴えます。
「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください。」（23:42）
何とも謙虚な小さな願いです。「神の国に入らせてください」でもなく、「助けてください」でもなく、「思い出してください」と言うだけの願いです。このとき彼の胸中には、自分の罪の結果、苦しんでいる人がいることや、悲しんでいる人が、あるいは自分が恨まれる存在であることがわかっており、そのために「助けてください」という言葉を口にすることができなかったのかもしれません。
「思い出してください。」と罪人の一人から言われたのに対して、イエスは
「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる。」（23:43）
と答えておられます。このやりとりは人々のあざけりの言葉に紛れて、ひっそりと交わされたのでしょう。もしこのやりとりがあざけり笑う見物人たちに耳に入ったなら、「どちらも血を流して死んでいこうというときに、何がパラダイスだ。」と、さらなるあざけりの声が響き渡ったことでしょうから。こうして名前もわからない罪人がひとり、イエスによって神の救いに与ることとなりました。こうして一人の罪人が、まわりの誰の目にも処刑されたとしか映らない裏で、ひっそりと狭い門から神の国に入ったのです。イエスも罪人もどちらの命もまさに尽きようとする中にあってなお、なお失われた者を捜し出し、そこに手を差し伸べられるイエスがおられます。
ザアカイはエルサレムへの旅の最後に見出され、救われました、そしてイエスの公生涯での最後の救いが、今日の福音書に記されていることの内容です。神にとって遅すぎるということなど何もないのです。ですがそのことを、この世の価値観にどっぷりと浸り、イエスの死をあざけりながら眺めていた人たちの中にはひとりとして救われる者はありませんでした。これこそが神の国のパラドックス、神の救いの大逆転なのです。
ひとことお祈りします
わたしたちが悔い改めるのをいつも待ち続けてくださる神さま。イエスはその生涯の最後の最後まで、失われた者を探し出すことを止めるような方ではありませんでした。どうかわたしたちにもそのようなみ手を差し伸べてください。そしてわたしたちに、大勢のあざけりの声の中に、小さな悔い改めの声を聞きわける力をお与えください。この祈り、尊き主イエスのみ名によってお願いいたします。アーメン