本日は、ただ今お読みいたしましたヨハネによる福音書第3章1節から16節までの物語からご一緒に考えてまいりましょう。本日の福音書にはニコデモという人が登場します。この人はユダヤの宗教的・政治的指導者の中でも高い地位にある人です。この人は夜の闇に紛れてイエスのもとを訪ねます。「夜の闇に紛れて」ということが表すのは、ニコデモはイエスさまに興味を抱いているのだけれど、そのことを仲間であるユダヤ人に知られるのを恐れているということです。
せっかく勇気を奮い起こしてイエスさまの前までやって来たニコデモでしたが、物語の途中から存在感を失ってまいります。なぜでしょうか。それはニコデモがイエスさまの問いかけがまったくわからなかったからです。それゆえニコデモは言葉を失い夜の闇に中に取り残されることになるのです。
ニコデモはイエスさまの言葉の一体どこがわからなかったのでしょうか。それは3節の
「人は、新たに生まれなければ神の国を見ることはできない。」（3:3）
という個所と、8節の
「風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くのかを知らない。」（3:8）
という個所です。
この二つの個所がなぜニコデモにはわからなかったのでしょうか。ここに出てまいります「新たに」という言葉と「風」という言葉には、それぞれもうひとつずつ、別の意味があります。「新たに」は「上から」すなわち「神によって」と訳すことが可能ですし、「風」も「霊」と訳すことが可能です。
これはヨハネによる福音書の中にしばしば出てくることなのですが、二つの意味を持つ言葉をイエスさまが人々に示し、人々がどちらでその言葉を受け止めるのかを確認する場面が出てまいります。「この世」で通用している意味と「神の国」でしか通用しない意味と、そのどちらで受け止めるのか。ニコデモは自分が知っている「この世の意味」で受け止めるしかありませんでした。そのため滑稽なほどの誤解をしてしまうほかはなく、そしてそれゆえ夜の闇に取り残されることになってしまうのです。
しかしそれは、理解できないニコデモをイエスさまが突き放したということではありません。ニコデモはわからないながらイエスさまに導かれていきます。イエスさまは決して誰かを置き去りにはしません。そしてニコデモはニコデモのペースで、神によって与えられるしかない気づきを与えられていきます。
このあとニコデモは、二回ヨハネによる福音書の中に登場することになります。7章50節に登場するニコデモは、イエスさまに会ったこともなく、イエスさまのことをよく知りもしないで批判だけをする仲間の指導者に対して、「よく知ったうえで批判すべきではないか」と、イエスさまを弁護する側にまわります。そして最後にニコデモが登場する19章39節は、すでにイエスさまが十字架の上で息を引き取ったあとのことであります。夜の闇に紛れることもなく、自分がイエスさまを信じる者であることを隠すこともなく、イエスさまを信じる者として、イエスさまの亡骸を引き取るため、みんなの前に姿を現すニコデモです。
イエスさまの処刑を見物に来ているユダヤ人の前に、イエスさまを信じる者として姿を現すということは、どういうことを結果としてもたらすでしょうか。ユダヤ人の社会の中で築き上げてきた地位、富、友人といったもののすべてを一瞬にして失うことを明らかな結果としてもたらすでしょう。
それでもいい、もう今は死んでしまったイエスさまを信じるという、手遅れとも思える場、自分の命すら危うくしかねない場に、それでもいいとニコデモは姿を現すのです。神に対する信仰が与えられた結果、ニコデモは失ったこの世のものを惜しむことはもはやいたしません。信じることを通してニコデモはこの世のものに対する執着から自由にされていきます。神に対する信仰のみに拠って立つという決断が、いつの間にかニコデモの中には与えられています。それは人間の努力によっては到達できない類いの決断です。神から与えられる決断です。
その決断が与えられるとき、人は新たに生まれることができるのです。そして何に囚われることもなく、吹き渡る風のように、自分の生きたいように生きることができるのです。ニコデモはわたしたち従う者にとって理想的な姿を示してくれる存在でしょう。何もわからないながら、イエスさまによって闇から導き出され、徐々に成長することを許され、最後には弟子としてしっかりと立つ姿を現すのですから。
今日の物語のあと、ニコデモはイエスさまと出会う機会も言葉を交わす機会もありませんでした。夜の闇の中に置き去りにされたかに見えて、しかしニコデモはただ一度の出会いの中でしっかりとイエスさまによって捕らえられ、導かれていたのです。
今日は三位一体主日です。わたしたちがどこにあっても、どのような状態に置かれていたとしても、神とイエスさまと聖霊の力がひとつとなってわたしたちを導き続けてくれることを、わたしたちはニコデモの物語を通して確認したいと思います。