本日はただ今お読みいただきましたマタイによる福音書の第2章13節以下の物語から、ご一緒に考えてまいりたいと思います。本日の個所は生まれてはじめての出産を経験したばかりの母と、これも生まれたばかりの赤ちゃんであるイエスを連れて、一家がさらにエジプトまで逃げなければならないという様子が描かれております。
今日の物語には「主の天使」が2回出てまいります。そしてマリアの夫ヨセフに重要なメッセージを伝えるのですが、ここにお集まりのみなさんの中でこれまでの人生で天使に出会ったことがあるという方はおられますでしょうか。いないだろうという期待のもとに質問しております。みなさん天使に出会うという経験はお持ちではないということで話を先に進めたいと思います。それでは今から2000年ほど前の人たちはどうだったでしょうか。現代の人よりも高い確率で天使に出会っていたでしょうか。今日の個所で主の天使に会うことになるヨセフは、天使が市場で買い物をしているところによく出会ったという経験を持っていたでしょうか。もちろんそのようなことはありませんでした。ヨセフにとっても天使はなじみ深い存在ではなかったのです。なじみ深いどころか初めて出会うおそろしい存在であったと思います。
ルカによる福音書のクリスマス物語の中に、野原で羊とともに野宿をしていた羊飼いたちに天使の群れが現れたとき、羊飼いたちは大きなおそれの念にとらわれたと記されています。わたしたちが天使に出会うとき、それは今まで見たこともないものが現れるときであり、それゆえこの世のものとは思えないものとの出会いがそこにあったことを示します。
ヨセフが天使に会ったのはこれが初めてではありませんでした。マリアとの婚約時代、マリアが不貞を働いたかもしれないと考えたヨセフは迷っていました。彼は律法に忠実な男でしたから、律法に忠実にこのまま事を進めれば、マリアは死刑にならなければなりません。それは避けたいとヨセフは思いました。そこで婚約解消という方法を考えつきました。これならマリアの命に危険が及ぶ可能性はありません。律法に照らしても合法的に事を進めることができます。実はここでヨセフがマリアに示した態度の中には、無限の赦しが示されております。
しかしそのような寛大な態度を示そうとしたヨセフに、夢で主の天使が現れたと聖書は記します。夢の中であれば現実に出会うよりはショックが少ないでしょうか。そんなことはないと思います。何かわけのわからない夢を見てしまった。出会ったこともないような存在が現れ、「人間の気持ちを越えて、もっと先に進みなさい。マリアが身ごもっているのは神の子なのだから」などとわけもわからず、根拠のないことを一方的に語られてしまった。そんな信じがたいことで人の結婚のじゃまをしないでほしい。それがヨセフの胸の内ではなかったでしょうか。
しかしヨセフはなぜか、このわけもわからず根拠も示されない言葉に従ってマリアと結婚することを決断していくのです。同じことはマリアにも起こっていたことでしょう。マタイによる福音書には明らかに記されてはいないのですが、婚約者であるヨセフから誤解を受けるようなことが自分のからだに起こっている。それでも結婚して赤ちゃんを産むという無理無体な決断を迫られていたことと思います。
そのように人間の思いや人間の計算を超えた、想像を絶する決断を示されたヨセフでありマリアでした。その決断をすることは人間として生きる限り不可能であったことだと思います。ヨセフとマリアの二人はどこかで自分たちの願いや思いや計算といったものから解き放たれて、神に用いられた、神のご計画の一部となっていったのだと思います。
一度決断したヨセフにとって神に導かれた人生を、神のみ言葉に従って忠実に生きることはさほどの困難を伴うものではなかったということが今日の物語に示されていることでしょう。エジプトに逃げろと言われればその通りにするし、もどって来てもだいじょうぶと告げられればその通りにする。
さりとても、生まれてはじめての出産を経験したばかりの母親と、生まれたばかりの赤ちゃんであるイエスを連れて、一家がさらにエジプトまで逃げなければならないということは容易なことではなかったと思います。決断しなければよかったということばかりがふりかかる、それが今日の特祷に「聖なる家族」と呼ばれる人々が引き受けた人生であったと思います。
今日の物語を貫いて物語を導くのはどこまでも神の意志、神の守りであり、もうひとつ示されるのは人間ヨセフが天使を通して与えられる神の言葉にどこまでも忠実に従っていく姿でしょう。そのような人々に対してクリスマスの約束である「インマヌエル」すなわち「神がともにいます」ということが与えられるのです。
神がともにいてくれるということは決して平穏な暮らし、安逸な人生を約束するものではないということもおぼえておきたいと思います。そのような人生が与えられるのではなく、聖なる家族には大きな試練が与えられるけれども、それを乗り越えるだけの導きが与えられるということです。