聖書の黙想(榛名聖公教会)
本日はただ今お読みいたしましたマタイによる福音書14章22節以下の物語から、ご一緒に考えてまいりましょう。

あらすじを確認しておきましょう。男だけで5000人いた人たちにパンと魚を分けたあと、イエスは弟子たちを舟に乗せ、先に湖の対岸へと出発させ、ご自分は山に登り神に祈ります。弟子たちは強い風に悩まされ、一晩中漕ぎ続けましたが目的地にたどり着くことはできないままでした。弟子たちの様子を見たイエスは、弟子たちを助けるために、湖の上を歩いて舟に向かいます。しかし弟子たちはイエスを幽霊と間違えてしまいました。イエスは彼らに「恐れることはない」と伝えるしかありません。そのあとにマタイは弟子のペトロの物語をつけ加えます。自分もイエスの命令があればイエスと同じように水の上を歩けるかと考えたペトロは、「来なさい」というイエスの言葉に励まされて水の上を歩きはじめます。しかしすぐに怖くなり、沈むところをイエスに助けられ、イエスに叱られてしまうという物語です。

今日注目したいのは、イエスのようになりたいと願うペトロが、水の上を歩こうとしたことです。ペトロは闇雲に水の上に足を降ろしたのではありませんでした。イエスにどのような力があるかということを理解し、そのイエスが命令してくれるのであれば自分のような者にも水の上を歩くことができる、彼はそのように信じていました。

「主よ、あなたでしたら、わたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください。」(14:28)

目の前に現れたのが幽霊ではなくイエスだとわかったときにペトロは、自分の力で水の上を歩くことは決してできない、ただイエスの言葉の力があれば、それは自分のような者にも可能となるという、正しい理解に到達していたと思います。ペトロという人はときどき正しい理解にたどり着くことがあるようです。そのペトロに対してイエスは短く

「来なさい。」(14:29)

と命じます。イエスを信頼しているのであればその短い言葉だけで十分という、イエスの気持ちがうかがわれます。けれどもペトロの理解もそこまででした。「来なさい」というイエスの言葉に励まされて波の上を歩きはじめたペトロでしたが、強い風が自分に向かって吹きつけて来るのに気づいたとたん、「来なさい」というイエスの言葉もどこかに吹き飛び、そのからだは波間に沈みはじめます。イエスは手を伸ばしてペトロをつかまえ、間一髪のところで助けてくださいます。

「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか。」(14:31)

と叱られてしまうところでペトロにとっての物語は終わることになります。気をつけておきたいのは、「信仰の薄い者よ」という叱責の言葉はペトロを切り捨てるために用いられてはいないということです。「なぜ疑ったのか」という言葉も「疑ってはならない」ということを伝えるために告げられたのではないと思います。

この「疑う」という単語は、マタイによる福音書にしか出てきません。しかも今日のこの個所とあと一回だけです。その一回はどこかというと福音書のいちばん最後、28章の17節、ガリラヤで復活のイエスと弟子たちが出会う場面です。そこにはこうあります。

「(弟子たちは)イエスに会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた」(28:17)

復活したイエスに指示されたとおりガリラヤに行き、そこでイエスに会いひれ伏した弟子たちだったのですが、ひれ伏す者の中に疑う者もいたという事実を語る言葉です。しかし疑う者が排除されたということは記されてはおりませんので、疑う者も含めてイエスに受け入れられたと考えることができます。もっと極端なことを言えば、イエスの中では疑うことも信仰の一部として受け止められているということができるのではないかとさえ思えます。

一度信仰を持つことができさえすれば、二度とその信仰を失うことはない、そういうことがわたしたちの信仰ではないと思うのです。あるいは信仰を持てばどこに行っても守られて、嵐などは起こらないということではなく、嵐の中でわたしたちの信仰がぐらぐらと揺らいでしまう中で、ほんとうにわたしたちを支えるものに気づく、それがペトロの経験したことではないかと思います。わたしたちが気づくためには、わたしたちは嵐を必要としているのです。それも一度ではなく何度も何度も。イエスが近くにいたとしても、つい目前の恐怖に心奪われてしまうわたしたちです。

今わたしたちは、目に見えるかたちでイエスとともに歩むことはできません。そんなわたしたちの信仰は疑いやおそれによって、いともたやすく揺らいでしまうようなものです。ひとかけらの愛も感じられない世界のただ中にあって、イエスの愛によってかろうじて支えられるような人生を歩むわたしたちは、疑うことを通して成長を与えられていくのだと思います。「主よ、助けてください」と叫ぶしかないような経験を積み重ねていくことの先に、わたしたちの人生を支えるのはイエスをおいて他にはないということが、少しずつわかってくる、そのようにゆるかやな成長を遂げるしかないわたしたちであるということを、イエスはわかってくださっているのだと思います。その意味においてわたしたちは疑いや揺らぐこととともに歩む者であるということができるでしょう。深い疑いや罪の中にあって成長を与えられるわたしたちであることを信じながら、ともに歩んでまいりたいと思います。