本日は、ただいまお読みいたしましたマタイによる福音書第3章13節以下のイエスの洗礼のできごとからご一緒に考えてまいりたいと思います。はじめにあらすじを確認しておきましょう。最初に洗礼者ヨハネとイエスとのやりとりがあります。イエスに洗礼を施すことをためらうヨハネを説得して、イエスは洗礼を受けます。そのイエスに聖霊が降り、神の声が聞こえてきたというのが、今日の福音書の内容です。
今日は主イエス洗礼の日と名付けられた主日なのですが、わたしたちがイエスの洗礼の実際のようすはどうであったのかということを知りたいと思ったときに、今日読まれたマタイによる福音書はたいへん素っ気ないことに気づきます。洗礼そのものについて記されているのは、「イエスは洗礼を受けるとすぐ水の中から上がられた」という個所だけです。「イエスは洗礼を受けた」ということしかわかりません。その洗礼がどのように行われたかということは、まったくわかりません。霊が降ってくるのが見えたのも、声が聞こえたのも、洗礼が終わってからのことです。川の中に入ったのだなということ以外は何もわかりません。
実はマタイによる福音書は、このようにできごとそのものの説明にはあまり興味がないような書き方をすることがあります。ひとつ例をあげるとすると、イエスが十字架につけられる場面も、十字架に釘で打ちつけられたのか、それとも手足を縄で縛りつけられただけだったのかということすらわからないのです。今日の洗礼の場面でも、水の中に完全に沈められたのか、それともわたしたちに親しみ深い「額に水をかける」やりかただったのか、といった具体的なことは何もわかりません。具体的な説明をすることに対して、マタイがほとんど興味を持っていないことだけは明らかです。
具体的な説明には興味を持たないマタイが、なぜ洗礼のことを書かなければならなかったのでしょうか。彼にとって気になっていたのは洗礼者ヨハネとイエスの関係だったような気がするのですが、それをご説明しても今のわたしたちには関係がないことのように思えますので、今日ここでは、洗礼者ヨハネに対するイエスの言葉から、わたしが気になったものをご紹介することにいたしましょう。
イエスに洗礼を施すことをためらうヨハネに、イエスが次のようなことを語ります。
「正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです。」（3：15）
「正しいこと」、これを別の言葉で表現すると「義」ということになります。正義の「義」であります。この言葉はパウロの手紙にもよく出てくるのですが、福音書の中ではマタイによる福音書によく出てくる、特徴的な言葉です。これからの一年を主にマタイによる福音書を読み進めていこうとしているわたしたちにとって、義という言葉はこれから先何度もお目にかかるであろう言葉です。「正しいこと」とは何かというと、神のみこころ、神の思いです。神がイエスを通してなさろうとすることです。それは福音書の中で、イエスの言葉や行いの中に目に見えるかたちで現れてきます。
マタイによる福音書で特徴的なのは「正しいこと」、「義」を行うことが、わたしたちに課せられるということです。それは別の言葉で「良い実を結ぶ」と表現されます。よい実を結ばなければその人と神は何の関係もないことになるとも語られています。
イエスが洗礼を受けたことの理由を考えれば、イエスは神の思いをすべて実現することのために、それをわたしたちに教えるためにこの世に現れた存在である、だから洗礼も受けたのだということです。罪を犯してそれを反省した人の列にイエスもまた順番を待って並ぶのです。並ぶ必要も洗礼を受ける必要もない方がわざわざそれをするのです。そのようなかたちを取ることも辞さず人とつながること、その人の罪まで背負うことがイエスの生き方だということを、洗礼を受けるという行いの中でイエスはわたしたちに示してくださっている、わたしはそう思います。
そのようなイエスのあり方は、わたしたちの生き方がどのようであるべきかということも示します。わたしたちは教会という共同体の一員として他の人とつながり、お互いにほかの人のことを考えて、ほかの人のために、ほかの人とともに生きようではないかということが、今日のイエスの洗礼のできごとを通して語られていることです。
「正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしい」、そう語るイエスの、徹底的に神に従う生き方に対して
「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」（3：17）
という神の声が聞こえてくるのです。この言葉はイエスが神のご意志に従うイエスに対する、神の応答と考えることができるでしょう。「徹底的に神に従う」ということもマタイにおけるイエスの特徴的な姿です。神の意志に従って生きることが神に愛され、神の心に適う生き方であることが、洗礼をめぐってイエスと神との間に交わされるやり取りからわかります。忠実に従うこと、それをイエスが示し、そのことを神が喜ぶという関係がやり取りの中からわかります。どこまでも徹底的にそして忠実に神に従う生き方、神のみこころを行う生き方、そして人とともに、その人の負い目までともに担いながら歩む生き方、それをわたしたちのものとすることを、今日の福音書から学び、願い求めたいと思います。