今日はヨハネによる福音書が語るひとつの出会いの物語に耳を傾けたいと思います。ニコデモという人が出てきます。この人はヨハネによる福音書にあわせて三回登場するのですが、今日の物語にはイエスとの出会いが記されています。ニコデモはユダヤ教の指導者のひとりでした。イエスとユダヤ教の指導者の関係は、基本的にはよくありません。イエスはユダヤ教の指導者たちが神を自分たちのために私物化し利用する生き方に対してとても批判的でしたし、それに対してユダヤ教の指導者たちは、そのイエスの批判に耳を傾けようとはしませんでした。
しかしユダヤ教の指導者すべてがイエスに耳を傾けようとしなかったかといえば、そうではなかったということが、今日のニコデモとイエスの出会いの物語からわかります。ニコデモはイエスの教えに興味を持っていました。そのことが、彼が夜イエスを訪ねたということに示されています。イエスの語ることに何の興味もなく、ただイエスを貶めようという目的であれば、昼間みんなが見ている前でイエスを訪ね、みんなの見ている前でイエスに挑戦したことでしょう。夜会いに行くということは、人目を避ける目的があったように感じられます。ユダヤ教の指導者である自分が、自分たちを厳しく批判するイエスに会いに行く、それを仲間にみられることは好まない。しかも会って話を聞きたいという、積極的な意志をもって会いに行くその姿を仲間にみられるのは憚られる。だから夜こっそり会いに行くということになったのだと思います。
そうだとしたらニコデモは、ほんの少し危険を冒したということになるでしょう。自分の身分、立場を少しだけ危険にさらすことをしてでも、イエスに会ってみたい。ニコデモにとってイエスはそれほど興味深い相手であったということができるでしょう。
しかしニコデモの思いを知ってか知らずか、イエスの応対はあまりあたたかいものではありません。ニコデモが「神があなたと共におられる」と、イエスの本質をつかんだあいさつの言葉をかけているのに、「人は新たに生まれなければ神の国を見ることはできない」と、人を煙に巻くような言葉を返します。ニコデモはこの言葉の意味がわからず、そのあとずっと煙に巻かれてわからないままに話が進み、最後には「あなたはイスラエルの教師でありながら、こんなことが分からないのか」とイエスに言われてしまい、言葉を返すことができず、いつのまにか物語から退場することになってしまいます。
これがニコデモとイエスの最初の出会いの物語です。ニコデモにとって幸いなことに、これが最後というわけではありませんでした。このあと二回ニコデモは登場します。そしてわからない者からわかる者へとニコデモは徐々に変わっていきます。わからない者がわかる者に変わっていくというのは、ほかの福音書に出てくる弟子たちの姿と重なるものです。神のこともイエスのこともまったく理解しない者たちが、いつしか変えられていき、イエスを理解し、自分が理解したことを知識としてとどめることをせずそれを生きる者となり、そしてそれを伝える者となっていく。このあとヨハネによる福音書を読み進めると、この変化がニコデモの身にも起こったことがわかります。
このことからわかることは、人間がどうしようもなく理解に遅い存在であることをイエスが深く理解しているということです。ですから弟子たちは理解しないままイエスに従うことを許され、ニコデモもまた再び福音書の中に登場することを許されるのです。ニコデモはイエスのことを許しがたい敵とは認識していませんでした。よくわからないけれど、話を聞いてみたい相手としてイエスをとらえていました。そしてわざわざ夜の闇の中を、イエスとの対話のために出かけて行ったのです。わからないながらニコデモはどこかでイエスの魅力に捕まっていたのかもしれないと思います。
わたしたちもどこかでイエスの魅力に触れている者であると思います。思いのままに吹く風のようにふるまうイエスは、わたしたちを予想もしないようなところに連れて行きます。ヨハネによる福音書の最後の方でニコデモは、処刑されたイエスの亡骸を引き取りに現れます。もう夜の闇にまぎれようとはしません。ユダヤの政治の指導者である議員の立場も捨て、宗教の指導者である律法学者の立場も捨て、自分の命を大きな危険にさらして、イエスの側につく者として現れます。しかもそのときイエスは死んでしまっていました。富も地位も友も、そのすべてを捨ててイエスの側に立つ。たとえイエスがいなくなってしまったとしてもなお、自分を生かすイエスの側に立つ。それを可能にしたのは、イエスに対するニコデモの信頼です。信じること、ただそれだけのこと、ということもできるかもしれません。イエスに対する信頼があれば、ほかのすべてのものはちりあくたに等しい。パウロが手紙に書いたことをニコデモは福音書の中で身を以て示しました。イエスの魅力にほんとうに従う者がどのようなところに立つのか、そのことをニコデモは教えてくれています。今日の福音書の中では煙に巻かれて黙り込んでしまったニコデモですが、そのニコデモをイエスは待ってくださいました。信頼が成熟するのを、そして自分がどこに立つかという決断が成熟するのを、イエスは待ってくださいました。
わたしたちもまた、ニコデモと同じように生きたいと願います。わたしたちの決断を待ってくださるイエスに心からの信頼を置きながら、わたしたちがこの世でどこに立つのかを決断する日が来ることを、ともに願い求めたいと思います。