聖書の黙想（高崎聖オーガスチン教会）
復活の日からイエスはさまざまな人の前に姿を現します。そのような復活のイエスと人々の出会いの物語のひとつが、今日の福音書に選ばれています。
エルサレムからエマオという村に向かって、二人の弟子たちが話をしながら歩いていました。道のりは60スタディオン、10キロ以上の道でした。二人が話していたのはイエスの死刑のことでした。二人のうち一人はクレオパという名前ですが、新約聖書の中でここにしか出てこない名前です。イエスの近くにいた弟子ではなく、けれどもどこかでイエスとともに旅をしていたかもしれない仲間の一人と考えていいでしょう。
ユダヤ教の過ぎ越しの祭を祝うためにエルサレムに上ってきたのでしょうか。そこでイエスの処刑を目の当たりにして、おそらくはとてもがっかりして家にもどる途中だったのかなと思います。
そこにもう一人旅の仲間が合流します。それはイエスだったのですが、彼らにはわかりませんでした。今の話はいったい何ですかと聞かれ、クレオパは驚きました。エルサレムにいたのにあのできごとをご存じないとは。そして何も知らないらしい旅人に、クレオパはイエスという方の人生を語りはじめました。彼らの言葉によれば、行いにも言葉にも力のある予言者と考えられるイエスが、イスラエルを解放してくれると期待を寄せていたのだけれど殺されてしまったこと、そして今日はその遺体を墓に見つけることができず、みんな途方に暮れているということをクレオパは話しました。クレオパももう一人の仲間も、自分たちが話している相手がだれかということがまだわかりませんでした。自分たちと一緒に歩きはじめた人こそ、エルサレムで起こった事件についてすべてを知っておられるのだということがわからず、したがってクレオパは、知識として知ってはいるけれど決して理解してはいないイエスという方について話したわけです。
旅人はそのクレオパに向かって、「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち」と嘆きます。そしてクレオパたちがよく知っている旧約聖書を引いて、救い主について説明をはじめました。その説明を聞きながら10キロほどの道のりを歩いたところで、彼らはエマオの村に着きました。旅路の間イエスによる説明はずいぶん長く続いたのではないかと思います。
クレオパたちは、もう夕方だからこれ以上旅するよりも自分たちの家に泊まるようにと勧めます。道々くわしい説明を聞いたあとでも、まだ相手がイエスだとは気づいていないということがわかります。先週登場したトマスという弟子はイエスをこの目で見て、傷口にこの手で触れてみなければ復活を信じないと語りましたが、今日のクレオパたちは、イエスに出会っても、そしてイエスによる説明を延々と聞いたあとでも、まだイエスだと気づくことができません。
ようやく彼らがイエスに気づいたのは、夕食の席でお祈りをして自分たちのためにパンを割いて渡してくれたその時でした。このような姿はどこかで見たことがある、あるいは話に聞いたことがある、そう思い当たった瞬間に彼らは気づきました。パンを割いてくださったのがだれであるかということに気づきました。そして彼らが気づいたときに、イエスの姿は見えなくなってしまいました。わたしはこの物語を読むときに、クレオパたちが気づくまで辛抱強く待ってくださるイエスの姿がとても印象に残ります。復活するとあれだけ予告しておいたのに気づかない人たちに教え、最後の晩餐と同じ姿を見せて気づかせてくださる、そのことのためにイエスは物分かりの悪い人たちとともに10キロ以上の道を一緒に歩いてくださったのです。
そのようにつきあってくださるイエスがいてくれて初めて彼らは気づきました。いったん気づいてみると、さかのぼってわかることがたくさんありました。だから道で話していたとき、聖書の説明をしてくれたときに、わたしたちの心は燃えていたのだとわかりました。エマオへの道は暗く重い帰り道でした。イエスに出会った時の彼らは「暗い顔をして立ち止まった」と書いてあります。心が燃えるどころではありません。これから何を心の支えに生きていけばいいのか、何もわからない、十字架の上でのイエスの死を目にした後では、もう何もかもどうでもいいとすら思えるような心の内ではなかったかと思います。その心が気づいてみたらいつの間にか熱くなっていました。
彼らはその熱い心をもって急ぎエルサレムにもどりました。遺体が見つからなくなったのではなく、墓が空だったのはイエスが復活なさったからなのだということを伝えるために、そして自分たちの心がいかに熱くなったのかということを伝えるために。このように心熱くされて語りはじめた弟子たちがイエスを人々に伝えるようになりました。一度心が熱くなったらもう止めることはできませんでした。熱い心をだれかに伝えていくこと、たとえ殺されることになったとしても語らないわけにはいかない、黙るわけにはいかない。「物分かりの悪い人たち」とイエスが嘆いた人たちが変わります。イエスの復活から変わりました。だれにも止めることのできない熱意をもってイエスを伝えることをはじめました。イエスが辛抱強く待っていてくれたそのことも彼らの熱い心を支えたことでしょう。だれも、何も止めることができない熱い心を、わたしたちも自分たちのものにしたいと願い、祈りましょう。