聖書の黙想（榛名聖公教会）
今日はルカによる福音書第7章36節以下の物語について、少しばかり脚色を施しながら、お話し申し上げたいと思います。こんなことが起こったかもしれない、という気持ちで聞いてください。

今日の物語の登場人物は三人です。ユダヤ教の指導者でシモンという人、イエス、そして名前はわかりませんが「罪深い女」と呼ばれる人が登場します。イエスがシモンの家に食事に招かれ、そこに罪深い女の人が会いにやってきます。

この女性はどういう人だったのでしょうか。この時代、神の前に罪人とされる職業がありました。男性では徴税人が思い浮かびます。これは外国の支配者の手先となって税を取り立てる役割の人で、ユダヤ教の神を信じない外国人のために働くため、罪があると考えられました。女性では売春をする人をあげることができ、神に受け入れられることのない職業として罪人と考えられました。今日の物語に登場する女性もこれにあたると思われます。

この町にいる限り自分は周囲の評価から逃れることはできない。わたしは町の全員から蔑まれ無視されている。そのような深い痛みをこの女性は知っていたと思います。この町を出てほかの町に行ったとしてもこの仕事を続けるほかに方法はなく、この町を出て行くこともできない。

この女の人が客として招かれたイエスのもとにやって来ました。人々の病をいやすという評判を聞いたのでしょうか。この人はわたしを無視しないと感じたのでしょうか。客人たちはこの家のあるじシモンとともに食事をしていました。この当時食事はいすに座り食卓に向かって取るのではなく、横になって楽な姿勢でいただくものでした。頭は部屋の中央のほうに向き、そこで会話を楽しむことができました。部屋に入ったこの女性は、イエスの頭に香油を塗りたいと思って油を持ってきていましたが、客人たちの足のほうに近寄ることしかできませんでした。

そこで思いもかけないことが起こりました。涙がこぼれはじめたのです。涙はイエスの足の上に落ちていきました。イエスに会うことができてうれしかったのでしょうか。人々の侮蔑のまなざしを思い出してしまったのでしょうか。あるいはひとりぼっちで歩んできたこれまでの人生を思い出してしまったのでしょうか。涙が出るとは思っていませんでした。手にはイエスの頭に塗ろうとした油しか持っていません。とっさにこの人は自分の髪でイエスの足の涙をぬぐいました。頭に塗ることができないのであれば、足でもいいと思ったのでしょうか。この人はイエスの足に香りのいい油を塗りました。

イエスを招いたシモンは、おそらくひどく驚いただろうと思います。この女はとんでもないことをしている。罪人と言われる人に触れられたら触れられたその人も罪にそまる、とこの当時は考えられていましたから、この女の罪は確実にイエスに影響する。しかしこのイエスという客人が優れた人物であるならばそのくらいのことは感じて避けそうなものなのだが、そんな気配もみせない。このイエスという人は実はみかけだおしなのだろうか。

イエスはシモンの心を見抜いて、借金のたとえを話しはじめます。返すことのできない借金を帳消しにしてもらうことができたとしたら、それはうれしいことではないだろうか。その額が大きければ大きいほど、喜びも大きくならないだろうか。あなたにはそのうれしさが伝わらないのだろうか。この人のうれしさがわからないのだろうか。もう既にこの人の過去は帳消しにされているのだ。だれもが罪人と思うこの人の罪は、すでに赦されている。それがあなたにはわからないのか。あなたは自分を神の前に正しい者と思っている、思い込んでいる。自分には罪がないと考えている。罪がないのであれば赦されることもない。あなたには赦されることの中にある喜びはわからない。赦しを必要としないと思い込んでいるあなたは、愛を受けることもまた経験していない。

あなたが思うようにこの女の人がしたことは、罪をうつすというようなことではない。それどころか、わたしに対してできる限りの敬意を払ってくれているのだ。わたしはそれを、罪を赦されたことに対する感謝の表れと考える。たくさんのことを赦されたこの人だからこそ、たくさんのことをわたしにしてくれたのだ。客人が来たら足を洗うか、足を洗う水をくれること、あいさつのキスをしてくれること、香りのよい油を塗ってくれること。しなくてもいいことだが、このすべてをこの女の人はしてくれた。あなたはどうだったか。

だれもが一致して罪人だと考え、自分でも自分のことを罪人だと思っているこの人の罪を、みんなの前でイエスは赦しました。それはこの人を一人の人間として認めるということです。それはこの町のだれもがしなかったことでした。神はすべての人がゆたかに生きることを望んでおられます。人を罪に定めてそれで終わりということは、神にはありえないことです。罪があれば、神は必ずその赦しを準備して待っておられます。赦されて、人は重荷を解かれて生き返ります。神はそのようなみこころをわたしたちに向けられています。

人間は他人のことを許せないと思うことがあります。しかし神には赦せないことは何もありません。おそらく重い罪の意識を背負い、それを赦された経験を持つ人には、赦される喜びがどれほど大きいのかがわかるのだろうと思います。赦されるときに、そこに大きな喜びがあることをわたしたちは知りたいと思います。そしてそのときが来ることを神は待ち望んでおられるということを、わたしたちは忘れずにいたいと思います。