今日の個所には、ルカによる福音書が語るところの召命物語、イエスが弟子たちを招く物語が記されています。そこでどのようなことが起こったのでしょうか。このときイエスはゲネサレトの湖のほとりにいました。ゲネサレトというのはガリラヤ湖のことなのですがルカはこの名前を用います。その周りに群衆が押し寄せてきました。その数があまりに多かったために話をすることもむずかしくなってしまったのだと思います。それほどまでにイエスの評判は広まり高まっていたということでしょう。
イエスは岸辺に舟があるのをご覧になりました。漁を終え漁師たちは後片づけをしています。空いている舟を貸してもらえないだろうかとイエスは頼みます。そしてその舟を水の上に少し漕ぎ出してもらい、そこから岸辺にいるたくさんの人たちに話しはじめました。それほどたくさんの人たちが押し寄せていたこと、そこまでイエスの評判が広まっていたことがわかります。イエスの活動は成功を収めていた、ということができるでしょう。
ところがそこにもう一つの物語が展開します。それは漁師たちの物語です。話を終えたイエスが「沖に漕ぎ出して漁をしてごらん」と漁師たちに声をかけます。それに対してシモンという漁師が、実はわたしたちは夜通し漁をしていたのですと打ち明けます。夜を徹して苦労をしたけれども何もとれなかった、だから今から漁をしてもどうなることやらという思いがシモンの胸にはあったと思います。しかしこれほど人を惹きつける人が言うのだからということで彼は漁をします。ここに描かれているのは、一晩中漁をしたけれども失敗してしまった人々の話と言っていいでしょう。漁師ですから、魚を取るのは最も得意な仕事のはずなのですが、この人たちはそれに失敗しているのです。
一方にたくさんの人を惹きつけるイエスの成功の物語があり、もう一方には夜通し苦労したけれども実りを得ることができない漁師たちの、失敗の物語があります。
自分たちの失敗と比べると想像を絶するほどの魚が網にかかったのを見て、シモンは思わず目の前のイエスに「わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」。わたしはあなたのそばにいることも似つかわしくない者だ、わたしは罪人だから、とシモン・ペトロはイエスに告げます。ペトロが実際に罪を犯していたのかどうかは定かではありませんが、目の前にいる方がただ者ではないと強く感じたことは確かでしょう。この方は神に等しい、この方と比べたら自分は罪人に等しい。自分は同じ舟に乗り合わせる資格もない。そうペトロは思いました。シモンの仲間、ヤコブとヨハネも同様だったと書かれていますから、すばらしいできごとを見て、みな同じように自らの罪深さ、存在の小ささを思い知らされたということでしょう。
今日の物語がわたしたちにとってすばらしいのは、失敗した者たちをイエスが招いているということです。自分たちのいちばん得意な仕事がうまくいかない、そのことを思い知らされている人たちに声が掛けられるということです。イエスの仕事は成功裏に進んでいます。そうであるがゆえに多くの人たちが周りに押し寄せ、助けが必要となったのだろうかと思います。しかしそのために共に働くようにと招かれるのは、よりによって、自分の仕事もうまくいかない漁師たちなのです。ペトロの言葉を借りれば、わたしは罪深い者ですというほかないような存在が用いられていくということです。そのことがわたしたちにとって大切なことであろうとわたしは思います。
自らを「罪人です」と言うほかない人たちが、新しい人生へと導かれました。「あなたたちはこれから人間をとる漁師になる」というイエスの言葉が新たな仕事、新たな人生を開きました。仕事がうまくできるからというのでもなく、りっぱな人間だからというのでもなく、招かれる条件は一切語られることなく、かえって失敗した人たちが集められるのです。そこに神の選び、神の招きのすばらしさというか、おどろきがあります。失敗したか成功したかは問題ではないのです。罪があるかないか、そのことも問題ではありません。ただひとつ問題となることがあったとすれば、それはイエスの招きの言葉に従うかどうかということでした、この人たちは従いました。
シモン・ペトロたちがイエスに招きの声をかけられたのが、教会の中とか神殿の中とかどこか神々しいような場所で起こったのではなかったということも、わたしたちは記憶にとどめたいと思います。湖の真ん中、漁師たちの仕事場の真ん中でこの招きの物語は起こりました。神の招きは日常生活のただ中で起こっているのです。それは神がわたしたちの生活の奥深くまで入り込んでおられるということを表わすでしょう。
わたしと一緒に、わたしのために働きなさいと、イエスはわたしたちの生活の深いところで、わたしたちの人生の深いところで呼びかけます。この教会に集うわたしたちにとっては、この教会をこれからどのように修理していくのかということが大きな課題となっています。課題の大きさに比してわたしたちの数はあまりにも少ないと、あきらめたくなるような現実と現状があるのですが、そうではない、そのように考えなくてもいい、と今日の福音書は呼びかけています。わたしたちはすでに失敗してしまった、わたしたちにはうまくいかない、そう思っているわたしたちが神に招かれます。今のあなたたちが持っている今の力、それでいいと神は招いてくださいます。