聖書の黙想(高崎聖オーガスチン教会)
今日の個所にはヨハネによる福音書が伝える、イエスによる初めての奇跡が記されています。婚宴がありそこにイエスその母、弟子たちがいるのですが、だれの結婚式であったのか、なぜイエスや弟子たち、また母がそこにいたのかといった一切が不明のままはなしがはじまります。

婚宴の途中でぶどう酒がなくなってしまいました。母がイエスにそのことを告げると、「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです」という返事が返ってきます。「婦人よ」という言い方は冷たい感じがしますが、特に突き放した言い方ではないそうです。しかし「わたしとどんなかかわりがあるのです」という答えと並べると、イエスが母との間に置いた距離を感じます。

このあとの反応が母マリアの性格の特徴を表しているのかと思います。つっぱなされたように言われてもわが子に何か力があるという思いは揺るがず、何か動きがあったらすぐに応じられるよう準備をしてくださいとまわりの人に頼みます。わからないこともわからないなりに受けとめて考えつづけるということが母マリアの中にはいつもあるように思います。今という時点だけでものごとを見つめるのではなく、この先何が起こるのかという、未来に向けるまなざしをこの人は持っていると感じます。

母が予感したとおりイエスが動きます。水がめに水を満たすようにと言われた召し使いたちは、言われたとおりにします。大きな水がめはユダヤ教の習慣で手や体を清めるための水を入れるものです。しかしすでに食事の前にみな手を洗っているはずですから、今さら水がめで何をするのかというようなものですが、母に頼まれたとおりにしました。

次にその水がめを宴会の世話役のところに持って行けと言われました。水の入ったかめを宴会の席に持ち込んでどうするのか、この人は何を言い出すのかというようなことでしたが、言われたことですから仕方ありません。そのとおりにしました。世話役のところにたどり着くまでのあいだに水はぶどう酒に変わっていました。しかもとてもいいぶどう酒に。おびただしい量のぶどう酒に。

水がめを運んだ召し使いたちも「いつも間に」と驚いたと思いますが、しかし少なくとも彼らはだれがそのぶどう酒をもたらしたかということは知っていました。しかし宴会の世話役は何も知りませんでしたから、花婿がいいぶどう酒を隠していたのかと驚きます。だれがどのようにしてこのぶどう酒を用意したのか、ほんとうのところはこの世話人にはわかりませんでした。しかしそれでもぶどう酒がとても質のいいものであることはよくわかりました。この人がヨハネによる福音書で最初にイエスの恵みを受けた人、イエスの恵みを味わった人ということができます。わたしたちはこの世話人のように神の恵みを味わっているかもしれないと思います。どこからきたのかも知らず、それが恵みであることも知らずにです。

わたしたちは今こうして聖書を読み、イエスの言葉と行いについてよく知っています。水をぶどう酒に変えたのはイエスであるということもよくわかっています。しかしイエスがどこまで深くわたしたちの人生にかかわってくれているのかということを、わたしたちはほんとうのところ、どこまでわかっているでしょうか。イエスがいったい何者で、どれだけの力をもってわたしたちにかかわってくれているか、わかっているでしょうか。わたしたちは無意識のうちに恵みを味わい、それが恵みであるとも思わず、その恵みがどこから来たのかは世話役と同じように知らないままなのかもしれません。

もしかするとわたしたちは教会の外にいる人たちよりも、イエスの恵みやイエスの力に対する信頼を失っているのかもしれません。少しずつ力を失い、仲間を失っていく教会の中で、わたしたちは信じる力を失い、冷たい心で教会の集まっているのかもしれないと思います。

わたしたちはここでもう一度イエスの力を信じたい、イエスがわたしたちに寄せてくれる関心の深さを信じたいと思います。教会の仲間に与えられている恵みの大きさを信じたい。福音書はイエスがわたしたちに寄せる関心の深さを教えてくれます。イエスはご自分のからだを犠牲にして、からだをわけてくれようというほど深くわたしたちを心配してくれます、そしてそのことを実際に目に見えるかたちで、自分の生き方をもって示されました。それが十字架の上での死でした。イエスはわたしたちを生かすために命を捨てました。

わたしたちはそのイエスの思いの熱さを忘れないために、毎週教会に集まっています。そして「わたしのからだを食べなさい、わたしの血を飲みなさい」というイエスの気持ちを聖餐の中で確認します。

今日の福音書はヨハネによる福音書がはじまってすぐのところと言うことができます。そこにあるイエスの最初の奇跡でぶどう酒が取り上げられるのは偶然ではないと思います。「命のパン(イエスのからだ)」について何度も語るヨハネは、ぶどう酒すなわちイエスの血をもって奇跡の物語をはじめました。

わたしたちを思うイエスの心の熱さを、わたしたちも持ちたいと願います。そしてそのために、空っぽの水がめであるわたしたちを想像したいと思います。わたしたちは空っぽの水がめのようなものでしかないでしょう。イエスがそこに水を満たし、そしてイエスがそれを豊かな、あり余るほどのぶどう酒に変えてくださること、そのことをわたしたちは願い、求めたいと思います。