聖書の黙想(高崎聖オーガスチン教会)
今日の福音書のはじめのところには、人の名前が並んでいます。イエスがいつこの世に登場したのかということを、イエスに先立つ人物が登場したときを記すことによってはっきりと示すために、ルカは名前を並べました。そこにはまずローマ帝国の皇帝の名前が挙がります。ついで当時のローマの総督が誰であったのか、そしてローマに支配されていたから力はなかったけれどユダヤの王の名前があり、その王の兄弟で領主であった男たちの名前と、この当時政治的に力を持った人々の名前が挙げられています。そしてそのあとにはこの当時のユダヤ教社会で力を持った大祭司二人の名前が挙げられます。

しかしそのあと物語は突然無名の人物を紹介しはじめます。ザカリアという人物、そしてその息子ヨハネ。ルカによる福音書をはじめから読めば、ザカリアがだれであるかわかります。だからわたしたちにとってはザカリアという人は知らない人ではありません。けれどもルカによる福音書を今日の個所から読みはじめれば、この人がだれであるのかはまったくわかりません。ザカリアという人はキリスト教の世界では知られているけれども、歴史上の人物として一般に名を残している人ではないのです。

その息子ヨハネも同じです。わたしたちはこの人を「洗礼者ヨハネ」という名前で知っています。洗礼者ヨハネなら有名です、教会の人の間では。しかし一般的にはたとえばローマ帝国の皇帝の方が有名でしょう。ヨハネも無名の人の一人です。その無名の人に荒れ野で神の言葉が降ったと聖書は記します。荒れ野というのは人が住むことあたわざる場所のことを指す言葉ですから、そのようなところにいたヨハネは当時の人の間でも無名であったと思います。

有名な者にではなく、無名の者に神の知らせが降るのです。神は無名の者を選びます。これからの一年、わたしたちはルカによる福音書を読み進めますが、力のある者と力のない者、有名な者と無名の者とのどちらの側に神が立つのかということが、ルカによる福音書のテーマのひとつになります。力の有無、そして特に富の有無もしくは富の用い方といったことをルカは問題とします。

今日の福音書のいちばん最後に大切な言葉が記されています。そこには「人はみな、神の救いを仰ぎ見る」とあります。人間は誰もみな神の救いを仰ぎ見ることになるという約束の言葉です。ルカは富める者に厳しい言葉を告げるのですが、だからといって富める者は自動的に神の救いからもれるということでもなさそうです。しかし富める者も無条件で神の救いにあずかることができるというほど単純な話でもなさそうです。それでは富を持つ者はどのようにして神の救いを仰ぎ見ることができるようになるのでしょうか。日本に住むわたしたちは個人的な差はあるものの、たとえばバングラデシュに暮らす人と比べればそこそこの富を持つと表現することができます。そのわたしたちは、いったいどのように神の救いを仰ぎ見ることができるようになるのでしょうか。それがとても気になるところです。

そのことを考える糸口となるような言葉が、4節の後半からのところに記されています。これは旧約聖書のイザヤ書の引用です。「神の道を整えよ」と命じる預言者の声が響きます。どのように道を整えるのでしょうか。左右に曲がっていればそれをまっすぐに、上下にでこぼこがあれば、削るか埋めるかしてこれも平らにということのようです。そのようにしてまっすぐにする「道」とはいったい何を指すのでしょうか。神が通る道でしょうか、あるいは神が望むようなわたしたちの状態でしょうか。すべての人が神を仰ぎ見ることができることのために、神が早くやって来てくれるように平らな道を整備するのか、あるいは神が来る前にわたしたちの間にあるでこぼこを埋める努力をせよということなのでしょうか。

神が望むのは道が平らにされることです。そのためにわたしたちは考えうるすべてのことを努めることになるのでしょう。今日の福音書にもどれば、有名な者の名とともに無名の者の名が挙げられるというのも「平ら」ということが表わすことだと思います。わたしたちの世界では有名な者だけが注目を集めますが、神はそれに対抗するような、別のかたちを示します。今道が平らではなく、神がそれを平らにすることを望まれるのだとすれば、わたしたち人間の常識とは異なる世界、異なる考え方をすることが神の望む「平ら」ということとつながるのかもしれません。

神の世界では人間の世界とは違うことが起こるということを受け入れること、人間の考えとは全く異なることが起こると納得すること、人間の世界とは違うものさしで物事が測られるのだとわかること、そのようなことが求めらるのかと思います。わたしたちは今とは違う考え方をするようにと神に招かれているのです。違う考え方を受け入れ、違う考え方をするようになるとき、わたしたちは変えられているはずです。神によって変えられます。神がわたしたちをどのように変えてくださるのか、そのことをこれからの一年、ご一緒に見つめていきたいと思います。