聖書の黙想(高崎聖オーガスチン教会)

諸聖徒日の福音書はB年に読むことになっているマルコによる福音書ではなく、マタイによる福音書から選ばれています。マタイによる福音書の5章から7章までのところにはイエスの教えがまとめられていて、まるで長い長い説教のようにわたしたちにいろいろなことを教えてくれます。

今日の個所はそのいちばんはじめのところに置かれています。3節から10節までは同じスタイルで、整えられた詩のような言葉が続きます。そのひとつひとつを見てみると、前半に「幸いである」という言葉があり、幸いなのはどのような人かという説明があとに続きます。ここまでは文法的に言うと現在形で書かれています。後半は未来形で、幸いな人たちがどうなるかということが記されています。

「幸いである」という一連の文章はルカによる福音書6章20節以下にも記されています。おそらくそちらの方が原形に近く、マタイは少し言葉を変えていると思われます。たとえばはじめの「幸い」ですが、マタイでは「心の貧しい人々は幸いである」となっているところが、ルカの方では「貧しい人々は幸いである」と書かれています。貧しいという言葉が何を指すのかはわかりやすいのですが、「心の貧しい」となると具体的にどのような状態を指すのかがわかりにくくなります。

二つ目の幸いはマタイは「悲しむ人々」となっているのに対してルカは「今泣いている人々」となっています。「今」という言葉があることも影響して、「悲しむ」よりも「泣いている」というルカの言葉の方が強く響きます。

ここから先はより具体的なルカによる福音書の言葉で考えてみたいと思います。今現在「貧しい人」「泣いている人」が幸いだとイエスは語りますが、ほんとうにそうでしょうか。「幸い」という言葉は「しあわせ」という言葉と似ていると感じられるのですが、わたしたちは自分が泣いているとき、貧しいときに幸せだとは思わないでしょう。

しかしここで気をつけなくてはいけないのですが、実はイエスが語る「幸い」という言葉は、人間の幸せということとは全く関係がありません。「幸い」という言葉は神が語るもので、人が自分について語るものではないのです。「幸い」が語るのは、神がその人をよしとされる、ということです。神を信じる者にとっては神によしとされることが求めるべき生き方ということになります。

貧しい人は神によしとされるということです。そしてその人たちには天の国が与えられるということです。ギリシャ語の未来形は「必ずそうなる」という意味を含むことがあります。ここもそうでしょう。今貧しい状態にある人は神によって必ず天の国が与えられるという、約束のような言葉です。「天の国」あるいは「永遠の命」が与えられるというとき、それが意味するのは「救われる」ということです。貧しい人たちは神によしとされ、それゆえ救いにあずかることができる、それが「幸い」をめぐるはじめの言葉に示されることです。

「救われる」と言われるとわたしたちは何となく納得しまう、それほどなじみ深い言葉ですが、しかしこの約束の言葉を歴史の流れの中で見てみると、それが革命的なものであることがわかります。今日のこの「幸いである」という文章はユダヤ教の聖典である旧約聖書にその原型を見ることができます。いったいどのような人が幸いと言われているのか、その例をたとえば詩編に見ることができます。そこに記されている「幸いな人」は子宝に恵まれている人であったり、富める人であったりします。旧約の世界では富があるということは神の前に正しく生きている人に対する神の祝福のしるしであると考えられていました。神によしとされる生き方をしているから飛んでいるのだということです。今富がある人が幸いと言われるわけです。

今日の福音書のイエスの言葉はその反対側にあります。ユダヤ教の世界の中に現れた、ユダヤ教の常識からはずれることを、その冒頭で語りだすのです。イエスが語る幸いが革命的と申し上げたのはそのような理由によります。

今貧しく、今泣いている人、柔和で憐れみ深く心が清く、しかしそれゆえ社会の中では損をするような人がいます。平和や神の義の実現のために働こうとすれば社会的には摩擦が生まれたり、損をしたりということもあるでしょう。神はそのような人たちとともにいてくださるのだということです。そこに神のみ心があります。神の喜びがその人たちとともにあります。そして神のみ心のとおりに生きるその人たちを、神は必ず救ってくださいます。

神のみ心に従って生きることを努めること、それがわたしたちの日々の暮らしの課題となるでしょう。み心、すなわち神の思い、神の願い、神の計画がどこにあるのか。それを知る者となりたいと願います。そしてできることなら、神によしとされる生き方、神のために貧しくなるような生き方、幸いな生き方をわたしたちのものとしたいと願います。
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