聖書の黙想(榛名聖公教会)
今日の福音書には弟子のひとりであるペトロとイエスのやりとりが記されています。旅の途中でした。イエスは自分が人々に何者と思われているだろうかと弟子たちにたずねます。弟子たちは自分たちが人々から聞いている名前を告げました。洗礼者ヨハネという答えがありました。この人は神がともにいてくださるようになる時が迫っていると人々に伝えました。エリヤをはじめとする預言者のひとりであるという答えもありました。預言者は神の言葉、特に警告の言葉を告げ、また「これで終わりではない」というはげましの言葉を人々に伝え、エリヤのように神の力をもって人々のたいへんな生活を支える働きも担いました。挙げられた名前はどれも、部分的にはイエスの働きをとらえています。しかしイエスの全体をとらえてはいませんでした。
「それではあなたがたはどう思うのか。わたしはあなたたちにとって何者か」とイエスが弟子たちにたずねました。すると弟子のペトロが、あなたはメシアです、あなたこそがメシアです、と答えました。メシアとは「救い主」を表します。救い主をギリシャ語にすると「キリスト」になります。今わたしたちはイエスのことを「イエス・キリスト」すなわち「救い主であるイエス」と呼びますから、ペトロの答えは正解を言い当てていました。ゆえに今日の福音書の個所を聖書で見てみると、前半の部分に見出しがついていて、そこには「ペトロ信仰を言い表す」と書いてあります。よかったねペトロ、と思います。
このペトロという人、福音書に出てくると溺れそうになったり、とんちんかんなことを言ったり、眠るなといわれているのに眠りこけたりと、恥ずかしい姿をさらすことが多いので、たまにはペトロもいいところを見せるのだなと思います。
けれどもそのあとのイエスの反応が少し変です。ご自分のことをだれにも話さないようにと弟子たちを戒めています。「戒めた」と書くと聞こえがいいのですが、ここで使われている言葉はもともとの意味は「叱りとばす」というもので、イエスが悪霊を叱るときに使われています。悪霊を叱るのと同じように弟子たちが叱られているということです。正解を言い当てたというのに、これはいったいどういうことなのでしょうか。よくわかりません。
そのあとイエスは、これから何が起こるのか、ご自分の身に何が起こるのかということを告げ始めます。多くの苦しみを受け、ユダヤ教の議会によって殺される、とはっきり告げました。そんなばかなと思ったペトロがさっそくイエスを「いさめ始めた」と書かれています。ここで「いさめる」と訳されている単語が実は先ほど出てきた「叱りとばす」なのです。悪霊を叱るのとおなじ口調でペトロがイエスに物申したということです。死ぬなどというとんでもないことがどうして起こってよいものでしょうか、イエスさまそんなことは言わないでくださいというペトロの強い思い、そして動揺が伝わってきます。思わず強い口調になってしまったのでしょう。
それに対して今度はイエスが「サタン引き下がれ」と叱りました。このときの「叱る」も「戒める」「いさめる」と訳されていたのと同じ単語です。じゃまをするな、とイエスの口調も激しくなっています。もちろんじゃまをするつもりなどペトロにはありませんでした。イエスのことを思っていさめたのです。しかしそれがイエスにとってはじゃまになりました。
今日の聖書の個所の少し前、8章17節にイエスから弟子へのこんな言葉があります。「まだわからないのか。悟らないのか。心がかたくなになっているのか。目があっても見えないのか。耳があっても聞こえないのか。おぼえていないのか」。厳しい言葉が連なっていますが、それは今日の場面でペトロに向けられているのと同じ厳しさであり、同じ激しさです。イエスの叱責の言葉はわたしたちみなに向けられています。
今正解を口にしたばかりなのに、その正解の意味をわかってはいない。メシアとは何か。メシアのたどる道とはどのようなものか。メシアは人を救う、メシアは神に近い。しかしだからといってメシアは苦しみを受けることはないし死ぬこともない、とペトロよあなたは考えている。しかしそうではない。メシアは苦しむ、そして死ぬ。それは、そうしなければならないから。それは定められたこと、神によって定められたこと。苦しむことを避けてメシアの歩む道はない。
そしてあなたがたの歩む道も実は同じ。十字架を避けてあなたがたの歩む道はない。それも神によって定められている。わたしの弟子になるということは名誉なことでもなく、名声とも関係なく、裕福であることとも関係がない。むしろこの世の常識に照らせば、損をすること、ばかばかしいこと、何がうれしくてそんなことをするのかといった評価につながること。あなたがたの歩む道はそこにしかない。
しかし信じられないようなその道を歩むことが、実はほんとうの命を得ることにつながる。神が与えてくださる命を得ることにつながる。この世の常識から見たら愚かにしか見えず、すべてを失うような生き方の中に、実は宝のようなものが隠されている。そのことをペトロよ、いつかつかみなさい。あなたの目に今は隠されている宝を見出しなさい。今のあなたには想像もつかない人生を歩みなさい。
今日のイエスの激しい叱責はペトロに対するはげましを裏に隠しています。ペトロはやがて変えられていきました。変えられたときに、ペトロの目に映るイエスの姿もまた変わっていたことでしょう。イエスはペトロを変え、わたしたちを変えます。わたしたちが変えられるとき、わたしたちのイエスもまた変わるでしょう。今イエスはわたしたちにとって何者でしょうか。そしてわたしたちが変えられるそのときに、イエスはわたしたちにとって何者へと変わるのでしょうか。
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