聖書の黙想（栃木聖アルバン教会）
今日の物語は複雑な構造となっている。ひとりの女性をめぐる話があるのだが、その中にたとえばなしがひとつ置かれている。だから女性をめぐる話とたとえばなしとを分けて考える必要がある。
まずたとえばなしの説明をしたい。金貸しからお金を借りた人たちがいた。片方は500デナリオン、もうひとりは50デナリオン借りていた。どちらも返すことができなかった。1デナリオンはこの当時おとなが一日働いてもらうことができた金額だった。乱暴に換算すると500万円と50万円の違いというくらいに考えることができる。返すことができなかったときに、どちらの借金も帳消しにしてくれた、というたとえばなし。もしそういうことが起こったとしたら、借金をしていたふたりのどちらのほうが、帳消しにしてくれた人を愛するだろうか、とイエスがたずねている。それに対する答えは、帳消しにしてもらった額が多いほう、というもの。それはそうだろうなと思う。
そのようなたとえばなしをはさむように、ひとりの女性とイエス・キリストの物語が語られる。イエスがある人のところで食事に招かれた。そこにひとりの女性が入ってくる。そして自分の涙でイエスの足を濡らして髪でぬぐう、油を塗ってくれる、といったことをしてくれる。ところがまわりにいた人たちはこの女性のことをよく知っていた。どんなことをしたのかはっきりとはわからないのだが、罪深い女であるとみんなに思われていた。自分でも罪深いと思っていたかもしれない。元のギリシャ語では「罪の女」と書いてある。何か罪を犯して、それを町中の人が知っていた。
その女性がイエスにいろいろなことをするのを見て、イエスを招いた人や周りにいた人は、なぜあの女がここに来てしまったのかと思い、イエスほどの方であればあの女の正体がわかるはずだと思った。その気持ちを見抜いたイエスが、食事に招いてくれた人にいろいろとたずねはじめる。
あなたはわたしに足を洗う水をくれなかった。あなたはわたしに接吻のあいさつもしてくれなかった。あなたはわたしの頭に油を塗ってはくれなかった。ここで語られていることは、旅人をもてなすときの作法。あなたはわたしを食事に招いてはくれた。しかし旅人であるわたしをもてなすことは何もしてくれなかった。ところがこの女性はそのすべてをわたしに対してしてくれているではないか。
これがたとえばなしに結びつく。わたしはあなたがた二人のどちらをより深く愛するだろうか。47節にこんな言葉がある。「この人が多くの罪を赦されたことは、わたしに示した愛の大きさで分かる」。この個所は「多く許された者は、多く愛する」と訳すことができる。その後に反対のことが書かれている。「赦されることの少ない者は、愛することも少ない」と。ここにきょうの物語のポイントがある。町中の人がこの女性を許していなかった。本人も自分が許されているとは考えていなかった。だれもが知っているような大きな罪を犯してしまった。だれもわたしに声をかけてはくれない。この世界でわたしはひとりぼっちだ。世界に人はたくさんいるけれど、わたしはひとり残されている。そう思っていたこの人だが、イエスはこの人が何をしでかしてしまったかということには、まったく興味を持っていない。そうではなく、今この人がわたしに何をしてくれたか、そのことだけに注目している。
罪の女と呼ばれるこの人が、わたしにどれだけのことをしてくれていることか。わたしにどれだけの敬意を払ってくれていることか。
わたしを深く愛したこの人は、深く深く赦される。あなたがたまわりの人たちが何を言おうと、どのように考えようと、この人はもはや罪の女ではない。赦されたひとりの人間としてあなたがたの前に立つ。あなたがたはどうだろうか。あなたがたはどれだけわたしを愛しただろうか。それは、あなたがたがどれほど赦されるかということにかかわりがある。あなたがたはそれをどのように受けとめるのだろうか。
イエス・キリストは物語の最後でこの女性に、「安心して行きなさい」と声をかけている。あなたの罪は赦された。わたしが赦した。赦されたということを、この女性も実感したはず。赦されたことを実感した者はどうなるのか。その人は愛する者となって、この世界に出ていく。「安心して行きなさい」という言葉に背中を押されて、出ていく。相変わらずわたしが出会う相手はわたしを「罪の女」と呼ぶかもしれない。そんなことはもはやわたしには関係がない。わたしは出て行き、出会うひとりひとりの人を愛します。
そのように関係を投げかける人となって、この人は出ていく。キリストから与えられた安心を胸に。キリストの「安心」は関係における「安定」。罪にうつむく者ではなく、まっすぐに相手を見つめ愛する者として、この女性は家を出ていく。キリストの赦しは人を変える。変えられた人によって、世界は少しずつ変えられていく。
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