聖書の黙想（下館聖公教会）
今日の箇所にはイエス・キリストとユダヤ人たちの話し合いのようすが記されている。このとき神殿の境内を歩いていたイエスを取り囲んで、話し合いがはじまったとされている。あまりおだやかな雰囲気ではない。まわりを取り囲んで、動きを封じるようにして話をする。そこにイエスを取り囲む側のあせり、もしくは怒りの感情が感じられる。「いつまでわたしたちに気をもませるのか」という発言にもいらいらした感情がうかがえる。
イエスのまわりを取り囲んだユダヤ人たちは、なぜ気をもんでいたのだろうか。なぜ深く気にしていたのだろうか。彼らは長くメシアを、自分たちを救ってくださる存在を待ち続けていた。失われた自分たちの国を回復してくださる方を待ち望んでいた。自分たちの国が分裂し、滅ぼされ、他の国に支配されるようになってから、もう長い時が過ぎていた。国が滅ぶというときに、「これで終わりではない。いつかこの国を再び興してくださる方が来られる。救い主、メシアが来られる。だからそのときまで絶望することなく待ちなさい」と預言者が人々を励ました。預言者の口を通して神が人々を励ました。人々は神の言葉を胸に刻みながら、待ち続けた。
何百年という時が流れる中で、偽メシアが現れて人々の心を欺く、ということも起こった。時として疑うこと、揺れることもありながら待ち続けた先に、イエスが現れた。そしてご自分と神がとても近いことを語る。それはとても気になった。もしかしたらメシアが現れたのかもしれない。しかし、それにしてはこの人物はわたしたちの神経を逆なでするような発言を繰り返す。なぜなのか。この男はほんとうにメシアなのだろうか。もし偽者であるならその罪は重い。われわれを侮るような発言はさらにその罪を重くする。メシアなのか、そうではないのか、そのことを早く確かめたい。けれどもだれも「メシア」を見たことはないので、実のところ確かめようはない。自分たちを挑発するようなこの男がメシアであってほしくはない、という思いもある。しかし万一この男がメシアだったらどうしよう、という思いも残る。イエスを取り囲むというやり方の中に、『この男は偽者だ』という強い思いがすでにこめられている。
疑いながら問いかけるユダヤ人たちに対して、イエスのほうもあっさりと冷たい答えを返している。「わたしは言ったが、あなたたちは信じない」。わたしはメシアだとすでに何度も語った。それなのにあなたたちは信じない。そのあとを読むと、言葉として語っただけでなく、「わたしが父の名によって行う業が、わたしについて証しをしている。しかし、あなたたちは信じない。」とイエスは語っている。病気を治したりパンをわけたりと、目に見えるかたちで神の業が示されたにもかかわらず、そしてあなたがたはそれを目の当たりにしたにもかかわらず、信じようとはしない。
今日の福音書の少し前、ヨハネによる福音書の9章に、目の不自由な人の視力が回復されるという物語がある。しかしイエスがメシアであることを疑う人たちは、そのできごとを見ることはできなかった。できごとは起こったのだが、それをキリストの力、神の力によるものと認めることができなかった。イエスはそのことを人々に問い返す。
すべてのことは語られ、示された。あとはあなたたちが信じるしかない。けれどもあなたたちは信じようとしないではないか。さらにイエスは言葉を続ける。あなたたちは信じようとはしない。それがなぜかというと、あなたたちがわたしの羊ではないから。わたしの羊ならわたしの声を聞き分ける。この羊と羊飼いのたとえは、10章7節以下にも記されている。そこでは、良い羊飼いとして自分の命を犠牲にするというイエス・キリストの言葉が語られている。キリストを信じる者とキリストは、そのように深い信頼に結ばれている。
神が作る信頼関係の中に、あなたがたも招かれている。なぜその招きを受けないのか。ただ信じるということがありさえすれば、それで十分だというのに、なぜあなたたちは信じようとしないのか。あなたたちがはじめからわたしの群れの外に置かれているのではない。あなたたちはいつでも仲間に入ることができる。入り口はいつでも開かれている。けれどもあなたたちは入らない。あなたたちは自分で自分を神から遠ざけている。そのことに気づかないのか。招きの言葉はあなたたちにも向けられているのに。
まわりを取り囲んだ人たちにこのイエスの言葉が届くことはなかった。聞けば聞くほど心は頑なになり、イエスに対する敵意が募っていった。今日の福音書のあとに続く言葉を読むと、ユダヤ人たちはイエスを石で撃ち殺そうとして、また石を取り上げたと記されている。「また」という言葉があるから、イエスを殺そうとしたのはこれが初めてのことではなかったということがわかる。
この人たちはたいへんまじめに神を信じていた。しかしユダヤの民がモーセを通して神から受け取った十戒という契約の中にある「殺してはならない」という約束を、この人たちは破ろうとしている。そしてそのことに気づかない。まじめさのゆえに、気づくことができない。人間はそのように見ることができなくなっていく者であるのだということが明らかにされている。メシアを目の前にしながら、メシアを見ることができない。自分たちの神を守ろうとするあまり、殺すなという神からの約束を破ろうとする自分の姿を見ることができない。
そのような者が、しかし招かれる。信じなさいという声がかけられる。そのような不思議なことが起こる。心のかたくなさのゆえに信じることができないわたしたちに、一方的に与えられる不思議な招きの言葉。わたしたちはこの不思議な招きの言葉を受け入れる者になりたい。
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