聖書の黙想(佐野聖公教会)
今日の物語は奇跡の物語であると同時に、はじめて弟子たちが選ばれる、あるいは招かれるという物語でもある。イエスは漁師たちを弟子とした。この漁師たちは夜通し漁をしていたが、その漁は不首尾に終わり、朝を迎えていた。そこにイエスがやってきた。イエスの話を聞こうとたくさんの人々が岸辺に集まったため、イエスは漁師たちに頼んで舟を出してもらい。舟の上から岸辺の人々に向かって話をした。
話を終えてから、せっかく舟を出したのだから網を降ろしてみなさいとイエスが声をかけた。けれども漁師たちの答えは、「わたしたちはすでに夜通しやってみたのです」というものだった。やってもむだだろうという気持ちが感じられる。しかしせっかくのお言葉ですからと網を降ろしたところ、考えられないような大漁がもたらされた。一艘の舟では沈んでしまうほど網が重かったため、二艘の舟でやっと運んだ。このできごとを見た漁師のひとり、シモン・ペトロが、目の前にいる方がただ者ではないと気づく。この方は神と関係がある。神かもしれない。そのすぐ近くに自分がいることは許されることか。いや、決して許されない。そう考えたときにペトロは「わたしから離れてください」と願う。「わたしは罪深い者なのです」だから離れてくださいと願う。実際にペトロという人が罪を犯していたのかどうかはわからない。犯していたのかもしれないし、神の前では人はみな罪を抱えていると考えての発言かもしれない。
そのペトロに向かってイエス・キリストは、「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる」と声をかけた。
シモン・ペトロの「わたしは罪深い者なのです」という言葉に目を引かれた。これは今のわたしにあてはまる言葉ではないかと思いながら、きのう説教を考えていた。わたしがこの教会にかかわって20年近いときがたとうとしている。川越の教会にいたころに、土曜日から泊り込んで日曜日に礼拝をするということをさせていただいた。そのころからすでに建物の雨漏りはひどく、土曜日の夕方、夏の夕立が来たときに壁一面を水が伝わり落ち、そのあまりのひどさに、管理司祭にあわてて電話したことも思い出す。
月に一度という限られたかかわりだったけれど、そのかかわりの中でいったい何をしてきたのか。何をなし得たのか。わたしがここで礼拝を担当しているからという理由で、この教会に来てみようと思ってくださった方がひとりでもあったのか。あるいはわたしに説教を聞いて洗礼を受けようと思い立ってくださった方があったのか。そのように考えてみると、非常に心許ない。何らかの努力は傾けてきたのだけれど、それが何になったのか。わたしは今この教会の責任者としてここに立ち、この教会の最後の礼拝を司式しているのだけれど、この教会が扉を閉ざすことなく未来に向かって歩んでいくことのためにわたしになし得たことは、何もなかった。ひとつの教会がなくなることを食い止めることはできなかった。そのような思いを持ちながら、福音書を読んでいた。
だからシモン・ペトロが口にした「わたしは罪深い者なのです」という言葉は、わたしに深く響いてくる。神の近くにおいてもらう資格はない、そんな人間ではないかと自分を振り返って思う。
けれども今日の物語を最後まで読むと、そのようなわたしたちをイエス・キリストが招いてくださっているということも感じた。今日の福音書の最後のところでイエスがペトロに、「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる」と告げる。ペトロはもともと漁師だった。どのような漁師だっただろうか。夜通し苦労をしたけれど何も取れない、それがペトロの実力だった。たまたまこのときは運が悪かったのかもしれないけれど、イエスとであったときのペトロは、漁師としての収穫を手にすることができずにいた。努力はしていたが、みのりはなかった。腕のいい漁師だったかどうかは、わからない。しかもこの人たちは「ためしに網を降ろしてみなさい」とイエスに言われたときに、口答えのような言葉を口にしている。素人のあなたに指図されたくないといった思いがあったかもしれない。「そこまでおっしゃるならやってみましょう」という言葉にも、『どうせだめに決まっていますが』という皮肉が込められていたかもしれない。そんな人間に過ぎなかった。漁は空振りに終わったけれど、自分たちはプロだ、素人に口を挟まれたくないという自負だけはある。
そんな者をイエス・キリストは招いてくださる。しかも弟子になりなさいという呼びかけではなく、「あなたは人間をとる漁師になる」と宣言している。すでに招かれてしまっている。能力はないかもしれない。業績もない。変な自負心だけは持っている。そのような者がすでに招かれている、選ばれている。何も基準にして弟子が選ばれたのかと考えてみると、なんともわからない。条件はなんだったのか。無条件としか考えることができない。
わたしたちもまた、人間を取る漁師として招かれている。それを続けるようにと招かれている。この教会は今日で働きを閉じる。しかしそれはわたしたちの働きが終わるということを意味するのではない、そのことをわたしたちは忘れずにいたい。このあとわたしたちはまだそれぞれ別な場所で網を打つようにと招かれている。イエス・キリストが招き続けてくださる限り、わたしたちの仕事は続いていく。仕事を続けていいとイエスは告げてくださっている。ここでの仕事は終わるが、ほかの場所で何ができるか、それをためして見なさい。わたしたちの仕事は続く。イエス・キリストとわたしたちの関係もまた続く。わたしたちはそれぞれの場所で、新たな歩みをはじめたい。
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