聖書の黙想(小山祈りの家)
今日の福音書には、イエス・キリストのみ言葉が記されている。逮捕される直前の、イエスの祈りの言葉。ここでイエスは神に願っている。冒頭の11節に「彼らを守ってください」とある。信じる者たちを守ってほしいというイエスの願い。どのように守るのかといえば、神とイエスがひとつであるのと同じように、イエスを信じる者たちがひとつであることができるように、信じる者たちの間に一致が保たれるように、ということ。
「守る」という言葉は15節にも出てくる。「わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、悪い者から守ってくださることです」。この箇所を読むと、守りがなければ生きていけないこの世にとどまるよりも、一刻も早く神のもとに行くほうがいいのかもしれないと考える方もあるかもしれない。そうすればこの世の悪に染まることもなく、この世のごたごたに巻き込まれることもないから。
ヨハネは物事をふたつに分けて語るという特徴を持っている。今日の福音書でいえば「この世」という言葉が出てくる。それに対してヨハネの頭の中にあるのは「神の世界」。ヨハネによる福音書の有名な冒頭の箇所には、「光」と「闇」という言葉が置かれ、比べられていた。このように物事をふたつに分けて考える方法を「二元論」と呼ぶが、ヨハネはこの二元論によって、神に属するものとそうではないものを並べ、神に属するものを際立たせるという書き方をする。
たとえば「神の支配する世界」とわたしたちが生きている「この世」が並べられれば、神の支配する世界のほうがよい。それがヨハネの考え方。もしそのとおりなのであれば、先ほど申し上げたように、わたしたちはこの世にとどまるよりも、さっさと神の世界に行ったほうがよいように思われる。しかしイエスの祈りは、わたしたちをこの「世から取り去ること」ではない。イエスはわたしたちにこの世界にとどまることを望む。そしてわたしたちがこの世界にとどまることができるという、まさにそのことのために、神の助けを祈る。
わたしたちの使命は、この世にとどまることにある。この世にとどまるということは、生きることのわずらわしさを引き受けるということ。よく教会の中で、「教会に来れば静かにお祈りができると思ったのに、いろいろな仕事ばかり頼まれて、かえって祈りから遠くなった」と言われることがある。まさにそのとおり。教会はこの世から切り離されて建てられているものではない。この世の中にある。そして神ならぬ人間が、わたしたちのような人間がその運営に携わっている。神ならぬわたしたちが運営を進めれば、そこには意見の相違も露わになるし、対立も生まれる。この世の中に教会があるのだが、「教会の中にこの世がある」と言ってもいい。この世界に、そして教会にとどまって生きていくのであれば、ますます熱心に祈るしかない。教会がこの世に中にあり、また教会の中にこの世がある。だからこそ祈ることが切実に求められる。静かだから祈ることができるのではない。あわただしく意見の相違に満たされているからこそ、わたしたちは祈らなければならない。そしてまたイエスはそのようなわたしたちを「守ってください」と神に祈らなければならない。
もう一度11節を見てみたい。この世にとどまるわたしたちに「ひとつになる」ということがキーワードとして与えられていた。わたしたちがひとつになることができるようにと、イエス・キリストは祈ってくれている。ひとつになるということは一致するということ。「神の愛に結ばれてひとつになる」と言われれば、「そのとおり、そうなるべきだ」とわたしたちは思う。だが、わたしたちの現実はどうだろうか。
ひとつになるということを、キリスト教会を例に考えたらどのようなイメージが浮かんでくるだろうか。教会は神の愛によってひとつとなっているだろうか。残念ながらそうではない。わたしたちは今礼拝の中で、カトリックと同じ「主の祈り」を唱えるようになった。それは、ばらばらに分かれてしまったキリスト教会がひとつになることを目指して集められた努力の結晶である、ということができる。しかしそれを裏返しに見てしまえば、カトリックと聖公会の間で、同じ主の祈りを用いましょうという小さな合意がやっとのことで得られたに過ぎない、と言ってしまうこともできる。教会の種類はカトリックと聖公会だけではない。ほかにも多くの教会が存在する。もとはひとつだった教会が、歴史の中で多くの教派に分かれてしまった。
もっと広く見渡せば、この世界はひとつであると言えるだろうか。あるいは逆に小さなところに目を移して、わたしたちの教会はひとつであると言うことができるだろうか。わたしたちの家族はひとつだろうか。むずかしい。
「ひとつになる」ということをあまり単純に考えすぎれば、戦争中わたしたちが「天皇の家族として自分たちはひとつである」と勘違いしたのと同じ過ちに陥らないとも限らない。それもむずかしい。
神を信じるわたしたちがこの世界に踏みとどまりながらひとつになることを模索すること、そのことのためにイエスは祈り、神は守ってくださる。ひとつになることのむずかしさをよくよく知ったわたしたちが、ひとつになろうと努力して傷を受けたことがあるかもしれないわたしたちが、なおこの場所で、この世界の中で、ひとつであること、ひとつになることを求められている。わたしたちはイエス・キリストに遣わされて、今ここにいる。ひとつになるとはどういうことなのだろうか。ひとつになるために、わたしたちに何ができるのだろうか。そのことを家族の間で、教会の中で、社会の中で、そしてこの世界の中で、考えていきたいと思う。
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