聖書の黙想(下館聖公教会)

本日は特に福音書の前半の部分、弟子のひとりであるペトロという人とイエス・キリストのやりとりからご一緒に考えていきたい。この箇所でイエスは初めて、ご自分がこれからどのようなできごとに身を任せることになっているのかということを弟子たちに語る。必ずひどい苦しみを受け、ユダヤ教の指導者たちからは非難の声を浴びながら殺される。そのようなことが起こる。しかし三日ののちに復活する。それがイエスの語ったことだった。しかもそのことをはっきりと話したと書いてある。イエスの言葉や行いをよく理解することができないことがある弟子たちにもまちがえようのないようなかたちで、イエスはご自分が死ぬことになっていると語る。

弟子たちはそれを聞いて驚いた。驚きのあまり、「三日ののちに復活する」というイエスの言葉は耳に残らなかったと思われる。自分たちの大切な指導者である方が死んでしまう、という言葉が弟子たちにはとても強く響いた。しかもそのことをほかの人が語るのではなく、本人が面と向かって自分たちに語る。

そんなことが起こってはたまらない、どうしてイエスは急にそのようなことを言い出すのだろうか、というのが弟子たちの気持ちであったと思う。弟子たちは動揺したと思う。弟子たちはみな、イエスとともに旅を始めるにあたって、自分の仕事や財産を捨て、自分の家族と故郷を離れた人たちだった。そこにもどるつもりはない、あるいはもどることはできない。そのようにして大切なものから自分を切り離して旅に出た。どうしてそのようなことができたかといえば、イエスが共にいてくださるから。この方がいてくださるのであれば、そのほかの何も必要なかった。この方がわたしたちに必要なことはすべて教えてくれるし、行く道も自ら示してくださる。わたしたちには指導者がいてくれる。

それなのに自分たちにとってすべてであったイエスが死んでしまうという。そんなことが起こったらこのわたしたちはどうなってしまうのか。そのようなことが起こっては困る。そのようなことは思いつきもしなかったことだ。それなのに、よりによってイエスご自身の口から「わたしは死ぬことになっている」という言葉が飛び出してきた。わたしたちはどうなってしまうのか。わたしたちがした決心はどうなってしまうのか。イエスが死んでいなくなってしまうなど、あってはならないことだ。わたしたちのことを抜きにして考えても、イエスはかけがえのない指導者なのだから。

おそらくペトロもそう思った。そこでイエスを脇のほうに連れ出し、「みなが動揺しますから、そのようなことを言われては困ります」というようなことを話しはじめたのだと思う。ペトロは弟子たちみんなのことを考えていた。それに対してイエスは「振り返って、弟子たちのほうを見ながら」答えたと書かれている。それはすなわちイエスの言葉がペトロのみならず弟子のすべてに向けられていたことを示すとわたしは考える。

イエスの言葉は「サタン、引き下がれ。あなたは神のことを思わず、人間のことを思っている」という、とても厳しく強いものだった。サタンという言葉は日本語にしたら「悪魔」ということになる。あなたは今悪魔としてわたしの前に立っている。だから引き下がれ、ということ。この「サタン」という言葉は先週の福音書にも登場した。「それから、"霊"はイエスを荒れ野に送り出した。イエスは四十日間そこにとどまり、サタンから誘惑を受けられた」とある。

サタンは荒れ野にだけ現れる存在ではなかった。イエス・キリストのすぐ近くに、イエスを深く信頼する者の、その深い信頼の思いの中に実はサタンがいることがある。神には神のご計画がある。それをじゃまするような思いは、それがどれほど深いものであれ、サタンに属する。神の思いをじゃまするような言葉を発する人がどれほど深い信仰を持っていたとしても、その人は神には属さない。そこにどれほどまじめな思いがあったとしても同じこと。人の思いと神の思いはそのように大きくずれることがある。イエスを深く信じるがゆえにイエスを失いたくはないと思う。そこには深く切実な思いがある。しかしその思いがわたしたちを神から遠ざけることがある。「サタン」と呼ばれてしまうほどの隔たりを生むことがある。

今この世界の中で、神の思いはどこに向けられているのだろうか。神のご計画に従ってわたしたちが生きるのだとすれば、わたしたちはどこでどのように生きたらいいのだろうか。教会に集うこと、そして祈ることの大切さをわたしたちは知っている。しかし今日の福音書の物語は、わたしたちが大切にすることのかなたに神の思いがあるかもしれないという可能性を示す。わたしたちが深く何かを守ろうとするときに、その思いがかえってわたしたちを神から遠ざけることがあるかもしれないことを示す。サタンは荒れ野にのみ現れるわけではなかった。わたしたちは、わたしたちが生きている今というこのときに、そしてこの場所で、神の思いがどこに、そしてだれに向けられているのかを探し求めたい。
BACK
はじめのページへ