聖書の黙想(下館聖公教会)
きょうの福音書には、イエス・キリストの教えを聞いた人たちがたいへん驚いたということが記されている。なぜ驚いたかというと、イエスが律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったから、と書いてある。この「権威」という言葉がきょうのキーワードになる。そのあとに「汚れた霊にとりつかれた人」をめぐる物語が続くのだが、それもイエスの権威をめぐっての説明ととらえることができる。
「権威」という言葉がおもしろい。もとの聖書、ギリシャ語の聖書には「エクスウーシア」という言葉が書かれている。日本語で権威と訳される言葉は、ギリシャ語やラテン語にはいくつか存在する。エクスウーシアひとつだけではない。そして権威を表すそれぞれの言葉には、意味の違いがある。
エクスウーシアという言葉は「エクス」と「ウーシア」のふたつに分けることができる。「エクス」というのは何かが出てくる、というイメージがある。何か中にあるものが外に出てくる。そして「ウーシア」は「本質」という意味がある。だから権威を意味する「エクスウーシア」という言葉には、本質が中から外に出てくるという意味がある。しかもそれは最初は見えない状態にある、隠されているものが、あとから見えるようになるという意味がある。イエスの中に本質があるのだけれど、それは周囲の人たちにはわからなかった。イエスが会堂に入ってきて話すのを聞いたときに、人々は何かを感じた。『これはすごい』と思った。そのときに人々は初めてイエスの持つ本質に触れた。権威というものはそういうものだと、きょうの福音書は教えてくれている。たとえは悪いのだが、おまんじゅうを頭に思い浮かべていただけたらと思う。中に何が入っているのかわからないおまんじゅうをふたつに割ってみたら、中にあるあんこが見えた、というようなこと。「あんこ」が本質にあたる。あんこが入っているのかどうかということはわたしたちの目には隠されている。最初から見えるわけではない。しかし確かに中にあんこが入っている。それが権威のひとつのあり方。今日の物語に即して語れば、ただの人かと思っていた方が、ただ者ではないとわかる、ということ。
教会の歴史の中では、権威を表すほかの言葉も登場してきた。エクスウーシアとは性格を異にする言葉もある。教会がだんだん力を持つようになり、王と力を競うようになる時代があった。そのころに権威を表す意味で用いられた「インペリウム」という言葉がある。これも日本語に訳せば「権威」ということになるのだが、その意味するところは、「有無を言わせず服従を迫るような権威」ということ。お金も力もあると一目見ればわかるような姿の中にある権威を表す言葉。この手の権威はわたしたちにもなじみ深いものではないかと思う。「長いものには巻かれろ」という言葉が指し示すような権威のあり方。
わたしたちが学びたいのは「エクスウーシア」。力を誇示することによって相手におそれの気持ちを抱かせて支配するような権威ではなく、あるのかないのかわからないのだが、実は内に本質が秘められているような権威。中身がないのではなく、中身を伴う権威。イエス・キリストにはそれがあり、人々はその権威を感じて非常に驚いた。
それでは、イエスの権威の中にあった本質とは、いったい何だったのだろうか。そのことをきょうの使徒書が説明してくれている。コリントの信徒への手紙一第8章1節のところ。知識ということが話題になっている。そして教会の中にいる強い人弱い人が問題とされている箇所。「知識は人を高ぶらせるが、愛は造り上げる」と書いてある。「愛は造り上げる」というのも奇妙な表現なのだが、「愛はわたしたちの教会をひとつにまとめ上げる」という意味。知識と愛が対比されている。わたしたちは知識を自分のものとしたときに、それをふりかざして自分を偉い者と思わせようとしてしまうことがある。そのとき知識はわたしたちの教会をひとつにまとめる力を持たない。だとしたらむしろ愛を選びなさいとパウロは語っている。パウロは続けて、自分が何か知っていると思いこむ人はまだ知らねばならないものがあるということを知らずにいるのだと語る。知識とはそのようなものに過ぎない。わたしたちはすべてを知ることはできない。だから自らの知識を人に誇ることはできないはず。知識の有無は、「知っている」「知らない」ということで自分とだれかを区別する方向に働くかもしれない。あるいは差別する方向に。愛はそのような区別や差別をもたらすことはない。だから愛を選びなさい。
イエス・キリストは愛を分かち与えてくれた方。その究極のかたちとして、イエスの十字架上での死がある。自分の命を犠牲にして他の人を生かす。そこまでのことを貫いて、愛をわたしたちに教えてくれた。その愛が、今日の物語の中で、人々が集まる会堂の中で、人々に伝わったのだとわたしは思う。この方は愛という言葉を知っている。知っているだけではなくそれを確かに実行する方なのだ、ということが伝わった。はじめは見えていなかったが、話を聞くうちにそれが伝わった。イエスの権威は愛と深く結びつくものだった。人の上に立つ権威ではなく、人に仕える権威。わたしたちが権威という言葉に対して持つイメージを根底から覆すような、新しい権威。それが人々を驚かせた。イエスの権威、そしてその根底にある深い愛を、わたしたちは学びたい。
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