聖書の黙想（下館聖公教会）

マルコによる福音書の第1章14節以下の、不思議な物語から、ご一緒に考えてみたい。今日のこの物語はイエスとイエスの弟子と呼ばれる人たちとの出会いの物語が記されている。先週の福音書、ヨハネによる福音書にも同じような出会いの場面が記されていた。ヨハネによる福音書には弟子となる人たちがどのように信じるようになったのかということが、くわしく書かれていたが、きょうのマルコによる福音書ではそのことが非常に簡単にしか書かれていない、

このときイエスはガリラヤ湖という湖のほとりを歩いていた。二人の漁師が網を打っていたのを見て、「わたしについてきなさい」と声をかけている。そのあとに不思議な言葉が続く。「人間をとる漁師にしよう」とある。見ず知らずの人が「わたしについてきなさい」と言う。これも不思議なこと。しかも「魚をとる漁師」ではなく、「人間をとる漁師にしよう」と言う。さらに不思議なことにはシモン・ペトロとその兄弟アンデレは「すぐに網を捨てて従った」と書いてある。

「ついてきなさい」と見ず知らずの人に声をかけられたときに、わたしたちはついていくだろうか。特に今この不幸な時代には、学校で「知らない人に声をかけられてもついて行くな」と教えられる。「人間をとる漁師」などというわけのわからないことを話す人に、わたしたちはついていくだろうか。知らない人から「人間をとる漁師にしよう」と声をかけられたら、わたしたちは気味が悪くなって逃げるのではないだろうか。ところが、声をかけられた漁師の兄弟は、その場で仕事をやめて、網を捨てて舟も捨ててイエスについていってしまった。

このことからわたしたちにわかることとして、イエスという方にはとても大きな魅力があったのだということを挙げることができるだろう。言っていることはおかしなところもあるけれど、この人ならば信頼してもだいじょうぶ、この人になら自分の仕事を捨てて人生を預けてもだいじょうぶと思わせる何かがあったはず。だからシモンもアンデレも自分たちの仕事を捨ててついていってしまった。

もうひとつ、この物語を読むときにいつも不思議に思うのは、弟子となる人たちが自分の商売の道具を全部捨ててしまうこと。そういうことをすればもう漁師の仕事にもどることはできなくなる。舟は持っていけないかもしれないが、網はたためば何とかなる。持っていればいつかそれば役に立つかもしれない。けれどもこの人たちは道具をすべて捨ててしまった。それはおそらく、財産も一切持たずに旅立ったということだった。シモンとアンデレのあとに語られているゼベダイの息子ヤコブとヨセフ、この二人は家族をその場に残して従ったと書いてある。もう家族のもとには戻らない、そのような気持ちがあったのかと想像する。家族のもとには戻らない、もうこの場所には戻らないということを、この人たちは決断しているように思える。それでもいいと、イエスに声をかけられてすぐに考えている。それでもいいと思えるような何か大きなものがイエスの中にあったのだと思う。そしてわたしたちも、どこかでその大きな何かに触れたから、今日こうしてこの場所に集められているのだと思う。イエスには大きな魅力がある。そのことをわたしたちは今一度思い出したい。

もうひとつ学びたいのは、イエスに声をかけられた兄弟がすべてを捨ててしまったということ。食べ物がなくて困ってしまうようなときに、網があれば魚をとることができるかもしれない。しかし兄弟はそれをしなかったし、詩エスもまた「網を持て」とは言わなかった。ただ「ついてきなさい」とだけ声をかけた。人間をとる漁師になる、そのために何か道具が必要なのではないかとわたしたちは考えるが、道具は必要ない、何もいらない。あなたがたがいればそれでいい。あなたがたがいなければ何もはじまらないが、あなたがたがいてくれれば、ほかには何もいらない。だからついてきなさい、とイエスは声をかける。手に何も持っていなくていい。あるいは手に何かを持つことが、仕事の妨げになることも、あるかもしれない。

人間をとる漁師になるということは、人間を相手に働くということ。自分の前に次々と現れる人を相手にしていく。「人間をとる」ということは「仲間になる」ということを意味するのかもしれないが、そのときに手に何かを持っていたらかえってじゃまになるかもしれない。「徒手空拳」という言葉がある。何も持たないということ。それはわたしたちを不安にすることもあるのだけれど、両手がふさがっていたら、出会う人と握手をしようとしても叶わない。道具に頼るとき、相手の心を計り損ねるかもしれない。だから捨てなさい、こわいと思うかもしれないけれど、頼りなく感じるかもしれないけれど、手を空にしなさい。ついてきなさい。そして出会いなさい。わたしたちはそのようにイエス・キリストに促されているのかもしれない。

道具もいらない。身を守る武器もいらない。お金もいらない。何も持たず、ただただイエス・キリストだけを自分の中に満たして、人に出会いなさい。そしてイエス・キリストだけを伝えなさい。
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