聖書の黙想（下館聖公教会）
今日の福音書の物語は、罪を犯したひとりの人が赦されるというもの。どのような罪を犯したのかは明らかにされていない。しかしその人が罪を犯したということは町中のだれもが知っている、そんな女の人がイエスの前に現れる。イエスはこのとき客として招かれ、食事をしていた。
この人は自分の涙でイエスの足をぬらし、それを髪の毛でぬぐい、そのあとで香りのよい油を塗った。足をきれいに洗うのと同じことを自分の涙をもって行い、さらに香りのよい油を塗るというもてなしをもって、この女の人はイエスに接した。
ここにもうひとりの人物が登場する。それはイエスを食事に招いたシモンという人。この人はファリサイ派というユダヤ教のグループに属していた。この人は女の人のことを知っていた。そしてイエスがこの女の正体を見破ることができるかどうか、すなわちこのように厚いもてなしをしてはいるけれど、その実ひどい罪を犯しているのだということをイエスがわかるかどうかを見ている。
物語を読むと、イエスがどちらもよくわかっていたということがわかる。足もとにいる人の罪も知っていたし、イエスが果たして預言者のひとりかどうかを、シモンという人が確かめようとしていることも知っていた。
ここから物語の中に「赦し」ということと「愛」というテーマが浮かび上がってくる。シモンはイエスの前に現れた人が赦してもらえるはずはないと思っている。赦されないような罪を犯してしまったからこそ、この人はだれからも相手にされず毎日を過ごしているのだ。それがこの人が犯した罪にふさわしい人生だ。そのくらいのことをシモンは考えていたかもしれない。
そんなシモンに対して、イエスはひとつのたとえばなしを語りはじめる。500デナリオン、そして50デナリオンという借金を帳消しにしてもらった人たちのたとえ。この当時、一日の仕事の賃金が1デナリオンだったから、500デナリオンというのは年収を越える多額の借金ということになる。50デナリオンは月収程度ということになろうか。借金を帳消しにしてもらったとして、帳消しにしてくれる人をより多く愛するのはどちらかと聞かれれば、答えは借金が多いほうに決まっている。一年働いても手が届かないほどの借金を帳消しにしてもらえるのであれば、それはうれしい。だれが考えてもそのような結論にたどり着くはず。
するとイエスは、借金の額を罪の大きさに重ねてシモンに語りかける。この女の人がわたしにしてくれたことは何だったか。それは愛だった。この人はわたしに愛を与えてくれた。あなたは何をしてくれただろうか。足を洗う水をくれただろうか。香りのよい油でもてなしてくれただろうか。愛の大きさは、赦されることの多さと関係があるのだ。取り返しのつかないことをしてしまったとどれほど深く後悔してももう遅すぎる。だれも許そうとはしてくれない。そのような罪を帳消しにしてもらうことができる。神にはできる。そのときの喜びの大きさを、あなたは知っているだろうか。この女の人は知っている。だからこの人はこの場所に来た。だれが罪を帳消しにしてくれるのか。人にはできない。人には許すこともなかなかできることではない。しかし神にはできる。神はどれほど深く取り返しのつかない罪であっても、赦すことができる。そのこともこの女の人は知っていた。だからこの人はこの場所に来た。あなたはいったい何を知っているのだろうか。
罪を赦されることの喜び、ということを考えるときに、わたしは外池先生のことを思い出す。外池先生もまた、赦されることの喜びを知っておられた。外池先生と過ごすことができたこの一年半ほどのあいだ、クリスマスの前、イースターの前になると、必ず教会を訪れる外池先生のお姿があった。だれも来ない夜の時間を指定して礼拝堂に来る。そしてわたしの前で、取り返しのつかない発言や行いを事細かに告白した。その中には些細と思われるようなこともあった。しかしその些細なことが外池先生の心をふさいでいるのだということもよくわかった。心に引っかかっていることをすべて口にし、わたしから赦しの言葉を聞き、「これでほっといたしました」と言いながら帰っていく、そのような外池先生のお姿を今も思い出す。
このような懺悔は形式的ではないかと批判することもできると思う。けれども外池先生の場合は、切実な思いが伝わってきた。ここで神の赦しを得ることができなかったら、わたしはどうなってしまうのか、という差し迫った思いが伝わってきた。それなら罪などおかさなければいいではないかと考えることもできる。もちろん罪を犯さないように努めることも大切。しかし罪を犯すことから逃れ得ないのがわたしたち人間と言ってもいいのではないか。そうだとすれば、わたしたちにできるのは罪の赦しを願うことしかない。そして罪を赦す力を持った方がおられるのだということを本当に知ること。罪を赦されることが、どれほど大きな喜びに満ちたできごとであるかということを知ること。赦されるという経験はひとつの復活の経験と呼んでもいい。それほど大きなこと。それを神が与えてくださる。そのことに信頼をおきながら生きていきたい。
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