聖書の黙想（聖テモテ教会）

今日の福音書には、受けとめることがむずかしいふたつのメッセージが語られている。
受けとめることがむずかしいメッセージその1は、イエス・キリストが「神からのメシア」であるということ。メシアというのは、神から派遣された助け手、救い主、ということ。このことは、受けとめるのがむずかしいことではない。むずかしいのは、神から派遣され、わたしたちを助けてくださる方が、「苦しみを受け、排斥されて殺される」と語られていること。
これは特にイエスとともに旅をしていた弟子たちにとって、受け入れがたいメッセージだったはず。「この人ならば」と信頼し、すべてを捨てて旅に出てしまった人たちにとって、その頼みの綱が切られてしまうということを、しかも頼みとしている本人から告げられるというのは、耐えられないことであり、信じられないことであったはず。信頼していたイエスに「裏切られた」、と感じた人もあったかもしれない。裏切られた、と感じることができれば、それはイエスの発言の意味がわかっていた、ということだから、まだいいかもしれない。ほとんどの弟子たちにはこのイエスの予告がわからなかった。だからイエスはこのあと何回も同じことを予告しなければならない。そして何度予告されても、「最後には復活する」というメッセージを、弟子たちは聞き漏らしている。そのことはやがて十字架と復活の物語の中で明らかにされていく。
受けとめることがむずかしいメッセージのその２は、「わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」というイエスの言葉。ここで「自分を捨てる」「自分の十字架を背負う」というふたつの条件が、わたしたちに与えられている。
「自分を捨てる」ことの、いかにむずかしいことか。捨てたい自分は、実はいろいろなものとくっついていて、捨てがたいものとなっている。わたしたちはいろいろなものによって、この世界につなぎとめられている。
たとえば夫婦。夫婦の場合は喜んで切り離したいという方もあるかもしれないから、例からはずしたほうがいいかもしれない。家族。今手がけている仕事。大切にしている自分の時間、趣味。かけがえのない友人。場合によっては一枚の写真が自分を何かに強くつなぎとめている、ということもあるだろう。わたしたちはいろいろなものによって、この世界につなぎとめられている。わたしたちを世界につなぎとめてくれているものを「生きがい」と呼ぶこともある。
「生きがい」を捨てることはできるのだろうか。それはできない、あるいは、それは非常にむずかしいと言わざるを得ない。
しかしわたしたちは、少しずつ、何かを捨てることを求められている。あるいは、少しずつ何かを捨てることを余儀なくされている。家族と、あるいは親しい友と、いつか別れなければならない時が来る。大切にしている仕事も、宝物にしているものも、いずれ手放さなければならないときが来る。それらのものが否応なしに奪われるときが必ず訪れる。それはわたしたちの死の時。そのときわたしたちは捨てることを余儀なくされる。
いつ訪れるかわからない死の時までに、わたしたちは少しずつ捨てる練習をしている、と考えてもいいのかもしれない。人と出会うときに、そこにはすでに別れが予想されている。何かを手に入れるとき、それを失うときのことがすでに予想されている。わたしたちの人生はそのようなもの。
捨てること、何かと別れることを、少し自覚的に、意識しながらやってごらんなさいと、イエス・キリストにうながされているように感じる。自分の生きがいを少しずつ捨てること。それはちょうど、水が入ったコップから少し水をこぼすようなこと。こぼして空いたところに、神さまの生きがいが注ぎ込まれる。コップが自分の生きがいで満たされてしまっていれば、神さまが注ぐ余地はない。だから少しずつ捨てること。神さまのために場所を空けること。
「自分を捨てる」ということを、わたしたちに先がけて、わたしたちに模範を示すかのように、イエスは実行した。言葉だけでなく、それが具体的にどういうことであるのか、ということをイエスは示された。それがイエスの十字架での死。
先ほど申し上げたとおり、イエスの死は弟子たちにとっては受け入れがたいものだった。しかし、その受け入れがたいできごとを通さなければ、いちばん大切なものに手を触れることはできないのだ、ということを、イエスは身をもって示された。わたしたちが受け入れがたいと思い、そんなことが起こってほしくはない、と思うことの向こうに、今は見えない何かが待っている。水平線の向こうにあるものが見えないように、わたしたちの目に今は隠されている。しかし必ずある。それがあるから、イエスは「自分を捨て、十字架を背負って来なさい」と言うことができた。それがあるからわたしたちは、「自分を捨て、十字架を背負って来なさい」というイエスの言葉に従うことができる。
自分を捨てること、コップの水をこぼすこと、それがわたしたちの毎日の生活の中で何を指すのか、そのことを考えながら、歩んでいきたい。
BACK
聖書の黙想HOMEへ