特  典
フランシス秋葉晴彦
神を信じることはわたしたちの人生に何をもたらすのでしょうか。それをヨセフとマリアの二人から考えてみたいと思います。  

マタイが語るヨセフについて見てみましょう。一章一八節以下によると、婚約者マリアは結婚前に身ごもります。ヨセフは、忠実に律法に従い公に訴え出れば、マリアを死刑にすることができました。マリアはそれほどの危険を身に引き受けたのです。しかしヨセフはそこまでは望まず、律法に従わず秘密裏に婚約を解消しようとします。神のご計画は、二人の結婚の上に実に暗い影を落とすことになります。

天使が夢でヨセフに現れ、マリアは聖霊によって身ごもったと説明します。ヨセフはそれを受け入れたと聖書は簡単に語るのですが、受け入れるにあたって、ヨセフの中には深い葛藤と逡巡があったはずです。

ヨセフもマリアも最終的に天使の言葉に従いますので、生まれた幼子とともに「聖家族」と呼ばれます。しかし天使の言葉を受け入れるに至る道は、単純ではなかったと思います。

彼らが「聖家族」だったから天使の言葉を素直に受け入れることができたというのではなく、深い葛藤や迷いも含めて受け入れたことが、彼らを「聖家族」にしたのだとわたしは思うのです。自分の思い描いている夢を壊すようなこと、もっとも決断したくないことを受け入れよと言われ、それを受け入れること。それがヨセフとマリアを、神とイエスとの聖なる関係に招じ入れたのだと思います。

ルカが記すマリアについても見てみましょう。今にも赤ちゃんが生まれるという時に旅に出るのは、命の危険を伴う無謀なことです。自分の人生が損なわれるかもしれないことを受け入れたマリアでした。しかもその後のマリアの生涯を聖書の中に見ると、わたしたちが期待するような聖家族としての「特典」、すなわち神の守りのうちに安らかな時間が流れるといったことは、最後まで与えられなかったことに気づきます。わが子イエスは長じてある日家を飛び出し、「変なことを言っている」と人々の評判になります。そして愛する息子の最後を、彼女は十字架の上に見届けなければなりません。

ヨセフとマリアの人生が明らかにするのは、神を信じると言えば、あるいは教会に属していれば、自動的に平安な人生が約束されるというものではないということです。

受け入れがたい理不尽なことが起こる人生の中にあって、しかしその人生を引き受けて生きることが可能とされる。自らは闇の中にあって、光を彼方に臨みながら生きることができる。自分一人の力だけではあきらめるしかない状況の中に、なお立ち続けることができる。そのような不思議な力がいつのまにか与えられている。「人の子のために追い出され、ののしられ、汚名を着せられるとき、あなたがたは幸いである」(ルカ六・二二)という言葉をも引き受けることができるようになる。

特典はそのように、わたしたちが期待していなかったところに現れるのではないか。神を信じることは自分が思うよりもはるか遠くへとわたしたちを導いてくれる。わたしはそう感じています。
(2014年1月15日)
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